謎の男は光学迷彩を解き、警備員を引き連れる為に制御室に近づいて行く。 高速移動しながら電子銃を乱射する。
病院内に警報が鳴り響き、武装した警備員が一斉に反撃する。
謎の男はダイブマントをひるがえし、疾風のごとく走り去った。
 隆一は歩き始め、テラの謎へと加速する。 時空空間を経由して、頑丈な金属扉を抜け、温度湿度を一定に保たれた無菌室に入って行った。
 予想通り、そこには大量の臓器が冷蔵装置の中で生きている。
歩く姿を何千の眼球が見つめてくる。 動揺する心を嘲うように、自分の心臓の鼓動と、陳列されている心臓が連動するように脈を打つ。 その先にある物に、背筋が凍る思いがした。
 数え切れない程の首のない人体が、寂しく冷蔵睡眠装置の中でDNAが適合する主人を待っている。
 その中に首のある人体がある。 近づき凝視してみると、それはテラを統治する大統領本人のレプリカであった。 レプリカは、それだけではない。 政府官僚、時空警察長官、麻薬取締局長官、そうそうたるメンバーの人体が複数存在する。 信じられない光景であった。 呆然と見上げ、隆一は立ち尽くした。
 「テラの本質を、テラの闇を、理解したかい……」
 隆一は、拳を握りながらゆっくりと振り返った。
「テラが腐り切っている事は認めよう。 だが、貴様の目指す物が正しいわけではない。 人間は、元々不完全な生き物だ。 幾度も、尊い命を犠牲にして、愚かしい日々を積み重ねた。 旧世界の人間のように、人の命で己の命を繋ぎ、生き長らえる。 馬鹿馬鹿しい位、何度も何度も同じ道を歩む。 だからといって、貴様に歴史を変える資格があるのか。 人間が愚かと言う事で、世界の運命を変えられるのか。  テラにも尊い命がある。 明日の世界を目指して生きる子供達がいる。 その光は、無限の可能性を秘めている。 俺にも大切な人間がいる。 守る為なら命も惜しまない。 気に入らないのは、俺と守の前に現れ、意図的に誘導する事だ。 貴様は何を考えている」
 「ふふふ……。 俺は、心の糸を繋ぎ、開放しているだけだ。 隆一君。 歴史を変えて、明るい未来を手に入れる事が悪か? 腐敗したテラを守り、歴史を守る事が善か? 何が真実で、何が正義なのか、よくよく考える事だ……」
謎の男は、ダイブマントを翻し、歪へと姿を消した。
 自分に自信があるわけではなかった。 もはやテラの闇は、解決できない所まで来ている。 取り返しのつかない世界に堕落している。 しかし歴史を変える事は…… 分からない。
 落胆した隆一は空しさに包まれ、その場を静かに立ち去った。