守と隆一が不法侵入者を追いかけ、時空空間を飛ばす。 検挙を間逃れ、逃げるマフィアを捕まえる為に。
複雑に蛇行し、磁場で不安定な空間を二人は競うように速度を上げて行く。
 「俺が先に追いかける」
隆一は何も言わず、先を譲った。 そして感じていた。 広島での出来事以来、守が苛立っている事を。
 時空レーダーに映る不法侵入者を見据え、急速に距離を詰めて行くと、何か違和感をおぼえた。
 「隆一。 今一瞬、何かが見えた。 気付いたか?」 
 「あれは……。 おそらく時空移動船だ。 時空空間で、光学迷彩を施す事は、違法行為で、厳罰だ」
 守は顔を曇らせた。 「この付近で、時空警察の移動船は無い。 考えられるのは、麻薬取締局の船しかない」
守は暗号通信で、後を追うマリアに連絡を入れた。 「マリア、狭い時空空間で、光学迷彩を施した船が停止して隠れている。 激突しないように、注意してくれ。 おそらく麻薬取締局の船だ。 ポイントは、X軸35667・Y軸13569付近だ」
 「こちらマリア。 時空移動船が光学迷彩……? 危険を承知で、何故。 何か意図があるわね。 気付かれないように、速度を緩めず、全開で鼻先をすり抜けるわ。 そして私なりの挨拶をしてやる……」
 気丈なマリアは暗黒の時空空間を、迫り来るポイント目掛けてスロットルを全開にした。
半重力エンジンの轟音が船体に響く。 交差ポイント5秒前、4、3、2、1、交差。 音の無い時空空間で、お互いの船体に、強い衝撃とエンジン音が響き渡った。 不安定な空間を制御出来ず、お互いの船が、時空の壁に接触する。 マリアが操る時空移動船は、船体に電磁波が走るが、ぎりぎりのところで間一髪制御を取り戻し、その場を通り過ぎた。
「事実が物語っている。 麻薬取締局が、ヘロインを横流ししているという事だ。 残念だが、時空警察も関与している。 俺達時空警察と、麻薬取締局には、超えてはいけない一線があるはずだ……」
 二人は、怒りを何処にぶつけていいかが分からない。
隆一の視線が釘付けになる。 メキシコ・フアレスで見た、同じような光景がある。 そこには、冷凍保存されている人間の体や、臓器が眠っている。 臓器ごとにシリアル番号が打たれ、頭部からつま先まで整然と並んでいる。 まるでそこは、闇の人体マーケットのようであり、もはや人間も物でしかなかった。 テラも、過去の世界と同じであった。
 隆一が目を見開き、その中の一つに手を伸ばした。
「これは……? これがあれば……」
 握りしめた小さな光の中には、悩む自分の姿が映っていた。 冷凍保存された陳列棚で、並んで隆一を見つめる眼球の隙間に、欲望を断ち切るように戻した。
 二人は自分自身に問いかけた。 自分の生き方と、時空警察の在り方を。 そして、この国の未来を……。
 守は大量にあるヘロインを焼き払う。 そしてメキシコ・フアレスから拉致され、拘束されていた大勢の少女達を解放した。
 隆一は臓器に記されたデーターを、ダイブコンピューターに記録する。 真実を調べる為に。
 合流したマリアが、本部に状況の報告を入れる。
そして真剣な眼差しで、守と隆一に話しかけた。 「私たちは今、腐りきった闇の世界にいるわ。 時空警察と、麻薬取締局の上層部の腐敗した関係は、世界統一国家テラそのものよ。
これから私達は、時空警察と麻薬取締局に、命を狙われる存在になった。 私たちの戦う相手は、テログループでもマフィアでもなく、この国、テラなのかもしれない……」
 「俺と隆一は存在を把握されている。 時代を遡られて殺されたら、俺達に成すすべは無い……」
 「元々俺達は、いつ死んでもおかしくない世界で生きている。 俺は、いつ死んでも後悔はしないさ。 お前達と一緒なら」
 守と隆一は軽く笑い、諦めるように微笑んだ。
 その二人を見つめるマリアは決意する。 そんなことは絶対にさせないと……。
 暫くして、応援に駆けつけた時空警察に処理を任せ、複雑な気持ちを懐いて、三人は現場を後にした。
世界統一国家テラに夜が訪れる。
人間の生活サイクルを守る為に、地下世界を偽装する為に。 
 自然世界に影響を与えない月が、無意味にスクリーンの夜空に光輝く。
 高層ビル最上階のペントハウスで、大音量のロックが流れている。  ガラステーブルには吸い込まれた後の、微量の白い粉が残っている。 美しいラインを奏でる真っ白い肌が、偽りの光で影をつくり、横たわっている。
 「熱い……。 熱い……。 焼ける様に熱い……。 いやぁー……」
 金色の長い髪を振り乱し、ぐっしょりと大量の汗をかいて飛び起きる女性がいた。 毎夜夢に魘され、怯えている。 本当の時間は? 本当の時代は? 過去なのか、未来なのかが見えないでいる。 心の中の境界線が迷路にはまり、この世界から逃げ出したい。 だが、心の中の悪魔がそれを許さない。
 気だるそうに、シャワーの栓を捻る。 冷水が震える体を包み込み、足先へと流れ落ちる。 意識取り戻す為に、思いをはっきりさせる為に、目の前の鏡を見つめた。
 「私はここにいる。 現実に生きている……」
 火傷の痕が、消せない心の傷が、閉じ込めた叫びが聞こえる。
亡霊を断ち切るように、自分を睨みつけ、殴りつけた。
 欲望と戦い、流され、許す事の出来ない自分を見ると、涙が毀れ落ちる。 ひび割れた鏡の中の瞳と、握った拳には血が滲んでいた。 
 癒されない心の渇きを求めて。 葛藤するマリアであった。