突然パッと顔を輝かせた加藤は、ステージの隅にあった電子ピアノを前に、椅子に腰掛けた。

先程とは違い、しっとりとしたバラード。



「やべぇなマジで…。惚れそうだ…。」

「切なすぎて泣けてきた〜。」



なんて感想がちらほら。

歌わせても踊らせても、ピアノを弾かせても。加藤は、どこまでも万能な女だった。


加藤が弾くピアノと、その声が奏でる歌を聴きながら飲む酒は、どんな綺麗所が注ぐ酒よりも旨かった。


もう少しで宴会がお開きになるというタイミングを見計らって、トイレに立つ。

あんな所にずっと居たら、雌猫どもの餌食になりかねない。


少しして廊下が静かになったのを確信してから、トイレから出た。


部屋に戻る途中に縁側を見つけて、そこで一服することにした。

加藤は、無事部屋に戻っただろうか。それとも、誰かにお持ち帰りされているのだろうか…。



「課長!」



不意に呼ばれて、驚いた。

声の主は、間違えようはずがない。たった今、焦がれていた加藤、その人だった。



「加藤…、どうした?」

「行き場がなくて。」



苦笑しながら俺の隣に腰掛ける加藤は、確か増田と同室だったはず。

そこまで思い出して、思い当たる節を思い出して、ついつい笑う。



「増田と江藤か。」

「そうなんですよ〜。」

「宴会の時からすごかったからな。」



別に、元カノのそんな姿を見ても何も感じない。

むしろ、特に増田には幸せになって欲しいと、思わずにはいられない。