「言われた通り。すきなんだよ、俺。沙苗のこと」


 まずは一番重要なことを言おうと思った。今まで薫相手には言ったことのない、肝心なことを。


「たぶん薫が思ってるより、ずっと。引かれるんじゃないかってくらい、俺は沙苗がすきだよ」


 自分で言っていて泣きたくなってきた。

 酒には強い方だ。酒のせいではない。

 すきすぎて、どうしようもない。


「だから、余計に怖いんだと思う。たぶん。沙苗はそういうの以前に、いとこだから」


 建て前じみているな、と内心自嘲しながらも、続けた。


「元々、妹みたいに思ってたし、沙苗からしたってたぶん俺は兄みたいなものだと思う。そういう関係とか、信頼とか、壊したくなくて。だから、下手に動けない」


 "ありきたりな言い回しかもしれないけど"と最後に付け足した。

 ここまで話して、話し始めてから初めて薫の反応をうかがった。

 これじゃ、まるで独白だ。

 薫は視線を上に持ち上げて、少し考える素振りを見せてから断言した。


「うん、わかるよ。でも翔ちゃんが沙苗ちゃんに何をしたところで沙苗ちゃんが翔ちゃんを嫌いになることは絶対にない」

「…避けられはすると思うけど」

「それって恥ずかしいとか、どうしたらいいかわかんないとか、そういうことでしょ」


 淡々と、それでいて自信に満ちた口振りだった。

 薫は沙苗をよく見ている。客観的にかどうかは疑問だが。

 そして、サラッととんでもないことを言うのだ。


「なんかもう、ちゅーとかしてみちゃえば?」

「…………………は?」


 できたら苦労しない。苦悩しない。


「そしたら、さすがの沙苗ちゃんも自覚するでしょ」

「自覚?」

「うん。翔ちゃんが思ってるより、沙苗ちゃんは翔ちゃんのこと、すきなんだよ。俺が思うに」


 素直には喜べないが少しだけ気持ちが浮上した気がした。

 意識されているのでは、と思えたことはほんの少しだが確かにあった。額に触れただけの手に、後ずさるような素振り。単に驚いただけなのだと言われてしまえばそうかもしれないが、それでもあのときはそういった雰囲気ではなかった。


「…自分の気持ちにまで鈍感なんだよなあ、沙苗ちゃんて。考えたくないこと考えないようにするの上手いし」


 含蓄。悲しそうに笑う薫の言葉に、何か深い意味を感じた。が、訊けるような雰囲気を、薫はくれなかった。