「懐いてるんだ?」

「懐いてるよ?でもそれ以上に、俺って沙苗ちゃんすきすぎるとこあるでしょ?」


 "懐いてる"。この言葉にあたたかくなっていた気持ちがいっきにどこかにいってしまった。

 自覚があることに驚きだ。


「あ、今"自覚あったんだ"って思った?あるよ。どうせ俺、シスコンだし」

「自分で言うか…」

「沙苗ちゃん、翔ちゃんといると楽しそうだからさ」


 半ばあきれ気味の俺には構わず、薫は話を続けた。


「翔ちゃんなら、泣かされることはあっても沙苗ちゃんを泣かすことはないだろうなって、思うんだよね」

「…」


 確かに、と納得できてしまう自分が悲しい。

 沙苗の鈍感さには泣かされてきた。本当に涙を流したわけではないが。

 少しくらい自分の気持ちに気づいて、意識してくれたって。そう思っていることは事実だ。


「そんな翔ちゃんなら、沙苗ちゃんを任せられるな、って思った。だから逆に、翔ちゃん以外の奴と沙苗ちゃんが、なんて許せないんだよね」


 薫はコップに残っていた氷をガリガリと噛み砕いた。

 スッと細められた目に少しだけ畏縮してしまう。

 薫が言ってくれたことは嬉しい。ただ、どれもこれも沙苗あってこそのものだ。薫が重きを置いているものはあくまでも沙苗で、俺は沙苗が傷つかないでいられるためのツールでしかない。

 本当に、すきなんだな。

 姉を慕う、慕いすぎている弟の本音を垣間見た。そんな気がした。

 俺に懐いていると言ったくらいだ、俺に対する厚意が全くないというわけではないのだろうが。


「だから、翔ちゃんと沙苗ちゃんにははやくくっついてほしくて。さっきは、つい…」

「もういいよ」


 先程までの勢いはどこに行ってしまったのか、急にシュンとなった薫に思わず笑ってしまう。こういったところは可愛いと、素直に思うのだ。

 薫は、本音を言ってくれたはずだ。

 今度は俺の番。

 潤滑油になってくれることを祈って酒に手をのばす。アルコール度数は弱いがないよりマシだ。


「今度は俺が話してもいい?かなり長くなるけど」

「全然いいよ。寧ろ聴きたい」

「そっか」


 テーブルに腕をのせて身をのりだしてきた薫に笑った。

 そこまで勢い込まれると、なんだか緊張してしまうかもしれない。