「ほんとに帰っちゃったね」


 玄関から戻ってくる俺を振り返った薫がぼやいた。


「午前中はテストだったから。ほんとに疲れてるんだよ」

「そっか。大変そう、大学生って」


 拗ねたような表情が一瞬でスッと真顔になる。口ではそう言いながらも、何か考えているのだろう。

 薫と沙苗は、全くとまでは言わないが少なくとも似てはいない。雰囲気には似たものがあるが、鈍感な沙苗に反して薫はやたらと鋭い。

 訊かれることの想像はもうついている。超がつくほど鈍感な沙苗が気づいた様子を見せたのだ、俺の不自然さに薫が気づいていないわけがない。

 そうでなくても、薫は俺の沙苗への気持ちに気づいているに違いない。話したことは一度もないのだが。


「まあ、慣れだよ」


 テキトーに返事をして次の言葉を待つ。


"翔ちゃんってさ、沙苗ちゃんのこと、すきなの?"


 きっとそう訊いてくるはずだ。寧ろ、今まで訊かれなかったことの方が不思議なくらいだ。叔母が俺の気持ちに気づいているのだ、薫が知らないはずがない。

 しかし、発せられた薫のセリフは少しだけ予想外だった。


「……ねー、翔ちゃん、」

「ん?」

「前から訊きたかったんだけど、訊いていい?」

「なに」

「翔ちゃんってさ、沙苗ちゃんのこと、すきなんだよね?」


 応えられなかった。

 予想外だったのだ。

 "すきなの?"ではなく、"すきなんだよね?"。質問というよりは、確認。おまけに少しだけ語調にトゲを感じた。

 嫌な予感がする。

 そして、それは的中したのだった。つまるところ、小言の連続である。


「せっかく母さんたちが最高のシチュエーション、お膳立てしてくれたのにさ。なんで2人ともフリーなの。ちょっと俺、よくわかんないんだけど」

「いや、あの、薫、」
「もしかして、背中押してもらってる自覚ない?応援してるよ?母さんたちも俺も。うちの母さんが結婚ほのめかすようなこと言ってたけど、あれ本気だから」

「自覚は、あるよ」

「だったら、」
「薫」


 食い下がるもうひとりのいとこに"待て"を。俺が大きな声をだすことなど滅多にない。自分よりも年が下の者が相手なら、尚更。