「ビュオオオオォォォォォォっ!!」
風の音が鼓膜をつんざく。
凄いスピードで高く、高く登って行く。
「ちょっと!!何なのっ!?どういうつもりっ!?」
突拍子もないこの行動に喚かずにはいられない。
…喚きたくなかったから、顔を合わせたくなかったのに…
銀狼はそんな私の事などおかまいなしに、
無言で上へ上へと登って行く。
余りのスピードに目を開けていられない!!
本当に…
どんなに無視して、
非現実的な事から、想いから
目を反らそうとしても
こうやって我儘に引き戻される…。
何の因果やら……
私は諦めにも近い気持ちで
そんな事を考えていた。
ふいに風の音が消えた。
代わりに、銀狼の耳心地の良い低い声が
私の鼓膜をくすぐる。
「目を開けてみろ」
私は銀狼の声に従って
固く瞑った瞳をゆっくりと開いた。
「…わあああぁ……」
足元には雲海が広がっている。
月明かりを受けた雲は、光と影を造り
何処までも広がっている。
風が揺れる度、光と影が入れ替わって雲海に波紋を造り出し
それは、まるで揺れる水面のようだった。
月はまん丸で、いつもより明るい。
それはまるでもう一つの太陽のよう。
今にも壊れそうで、儚い夢うつつの、もう一つの世界がそこには広がっていた。
「……綺麗…」
心からそう思えた。
「銀狼っ!銀狼っ!月が、星が近いよっ!
手が届きそうっ!!」
私はさっきまでの憂鬱もすっかり忘れ
両手いっぱい空へと手を伸ばした。
銀狼は、そんな私を見て微笑む…。
「そうだな。では、今度はあれをとって来てお前に送るとしよう」
「嘘だっ!そんなのいくら神様だって無理だよ」
そんな他愛のない会話で、私の表情は自然とほころぶ。
「こんな綺麗な景色見たことないよっ!凄いっ!凄い!
銀狼はいつもこんな景色を空から見ているの?」
「………」
返事はない。
「…銀狼…??」
私はすぐ上にある銀狼を見上げる。
月が銀狼に影を落とし、その表情は見えずらい。
「……??」
私は、銀狼の姿を瞳に捉えようと
銀狼に落ちる月影に目を凝らした。
そして、月影から
ぼんやり浮かんできたのは
私を真剣な眼差しで、真っ直ぐ見つめる
銀狼の金色の瞳だった。