「‥‥‥むっがぁぁぁぁーーーーっ!!!」




日が傾き、裏山が影を落としだした、午後五時頃‥。

まだまだ8月の今の時期は

うっすら世界が紅みをおびるぐらいで外は十分明るい。

夏虫だけが、時刻に正確で、そこかしこから

ほろほろと、涼やかな音色を奏で始めている‥‥。



そんな風流な背景を全く無視した雄叫びが響き渡る‥‥‥。



「バシッ!!」



私ははがゆさの余り、帯を襖に投げつけていた。


見事な浴衣に心を奪われて、私は肝心な事をすっかり忘れていたのだ。



『‥‥浴衣の着付けができない‥‥』



‥‥という事を‥‥。


鏡の中に映るのは

呆然とした表情で、ヨレヨレの浴衣を羽織った私だ。


なんとも、みっともない姿だ‥‥。


かれこれ、一時間余り着付け作業をしているのだが、

どうにも上手くいかない。


それもそのはず。


今時の女子高生である私は、浴衣の着付けなんてした事がない。

ましてや昔ながらの浴衣など、着付け素人の私が着こなせる筈がないのだ。


そうこうしている間に鳴人が来てしまうではないか‥‥。


今年初の夏らしいイベントにどうしても参加したい私は、

どうにもならない歯がゆさに、つい悪態を漏らす。


「こんな古臭い浴衣の着付けなんてできるわけないじゃんっ!

 今時の浴衣なんてマジックテープにくっつけてくだけなのにさっ!!」


そう言って地団駄を踏んだ。



その時‥‥





「‥‥ぷっ‥クスクス‥‥」





背後から小さな笑い声が漏れた。


人の気配に、驚いて振り返ると‥‥。




そこにはいつの間にか

腹を抱えて苦笑する銀狼がいるではないかっ!?




「げっ!!‥‥いつからそこに‥‥??」


「お前が雄叫びを上げる少し前から‥‥」


そう言いながら銀狼は堪えきれないとばかりに

声を上げて笑いだした。



この情けない一連の行動を見られていたかと思うと

恥ずかしさの余り、みるみる顔が赤くなっていく。



そんな私に銀狼は追い打ちをかけるように、

さらに悪態をつく。


「お前は女の癖に浴衣の着付けも出来ぬのか‥?」



くっ!!なんてムカつく言い草だろう??



「今時の女子高生でこれを着付けられる人なんてそうそう居ないよっ!!」



うつむきながらも、悔し紛れに言い返した。




すると銀狼は



「ふ~ん‥」




と情けない姿の私をマジマジ眺め、



ポツリと呟いた。





「どれ、俺が着付けてやろう‥」