二人は注がれた酒をグイッと一気に飲み干した。
空になった二つの盃に、
無表情な巫女が次の酒を注ぐ。
二つの盃に、再び酒が満たされる頃
山神の方から、ぽつりと語りだした。
「あぁ…お前の言う通り、今宵は月が綺麗だな…。気付かなかった…。」
そう言ってボンヤリと空を見上げる山神の姿を
銀狼は鼻で笑った。
「まるで、心ここにあらず…だな…。…お前らしくない…」
そう言う銀狼の言葉は何処か、皮肉めいているように聞こえる。
だが、今の彼にとって銀狼の皮肉など、どうでも良い事だった。
「…銀狼……。
神とは何だろうな……」
突然の彼の問いかけに
銀狼は、酒を飲む手を止め
続きを語る彼の表情を黙って見つめた。
「…人とは何なのか、と思った時…
そう思ったのだ…。…神とは何なのかと…」
途方もない疑問だ…。
人が人とは何なのか?
という問いかけの方がまだ答えは見つけやすい。
「…あの娘と会ってから、俺は何処かおかしい…」
憂いのため息を漏らす山神に銀狼が口を開く。
「………人柱と会ったか……」
その言葉にボンヤリと月を眺めていた山神は
並んで座る銀狼に瞳を合わせた。
「……お前だろう?あの娘に術をかけ、その存在を見えにくくしたのは…」
「…ふっ……やはり、ばれたか…」
銀狼は口元に皮肉めいた笑を浮かべた。
「…あの娘の言う、愛しい人とは…お前の事なのだろう…??」
「…だったら…お前はどうする…??」
二つの視線が絡み合う……。
そこには言葉こそないが、それぞれの想いが秘められている。
やがて、二人は月を見上げた。
「……あの娘、名は何という?」
「…………夏代子……」
「………そうか……」
それは、それは、美しい月夜の晩だった。
そしてこれが、二人が酒を酌み交わす最後の時となったのだ。
それぞれの複雑に絡み合った想いを
月は静かに照らし出した。