「……ふ、ふんっ!!

別に助けたわけじゃないっ!

崖から転がり落ちるような間抜けな奴の顔でも拝んでやろうと思っただけだっ!!」


そう吐き捨て、彼はまた娘から視線を外す。



「……そのわりには、何日も前から私の後をつけて来ていたみたいだけど??」




「……………!!気付いてたのかっ!?」



「えぇ。いつ出て来てくれるのかなと思ってはいたのだけれど。

私に何かご用があるのかな??と…」


クスクス、と娘が笑う。



そんな娘に、彼は顔を真っ赤にして、口を紡ぐしかなかった。




「………べ、別に!

人柱が現れたと聞いたので、見物に来たまでだ……!」




いたたまれない思いの彼は、悔し紛れに、言葉を投げ捨てた。



すると……。




「………………」





沈黙が流れる………。





驚いた彼は、反射的に娘へ振り返った。




その時、彼の瞳に映ったのは、




先程までの零れるような笑顔ではなく、




瞳を伏せて、押し黙る娘の姿だった。





「…………………」





正直、彼は何故、娘がそのような表情をするのか解らなかった。




何故なら、"人柱として神に捧げられる"、という事は、この村では名誉な事だからだ。




表向きは………。




山神である彼は、"人柱になる"という事が、

人にとって何を意味するのかを知らない…。




”人柱になる”、それは…


"人としての生命が終わる"という事…。


"人としての生命が終わる"それはすなわち、”無”だ。





”無”が意味するもの……。





それは、





……死………だという事を…。




「……真っ白で綺麗な毛並みね……。」


ポツリと娘が呟いた。


今までとは違う空気が流れる中、


強がりな言葉も、照れ隠しの言葉も

これ以上彼からは出て来ない…。


娘の言葉に、ただ黙って、耳を傾けた…。


娘は、牡鹿に扮した彼の首筋を優しく撫でる…。