ゆるりと風を纏い、優雅な動作で銀狼は地に降り立ち、
「…さて…」
と、こちらに満面の笑みを浮かべて私と向き合った。
「これで、晴れて俺とお前は夫婦だ。良かったな」
私はその言葉にギョッとした。
「えっ!?今ので??何でっ!?」
私の反応に、銀狼はムッとした表情を作った。
「何でってお前…、
『契の祝詞』を唱えたのはお前だ。
あれは、神との婚礼承認の詩(うた)だろう?」
---あれが、婚礼承認!?
「そ、そんなの知らないよっ!!ただあの時は夢中で…」
「……夢中で…??」
銀狼は、私の言葉を繰り返し、金色の瞳で真っ直ぐこちらを見返して来た。
「……お前が唱えたあの祝詞はな、元々、婚礼の詩ではない…。」
「…え??」
今、婚礼の詩と言った口で何を言い出したのか…?
「あれは、一二三祝詞(ひふみのりと)と言って、
本来は、人が古き神々に力を借りる手段として用いる、いわゆる万能な詩だ。
それ故、詩い人の込められた想いによって意味を成す。」
「…込められた…想い…?」
「そうだ。」
銀狼は、金色の瞳を細め、ニヤリと笑った。
「…あの時、お前は何を想っていた??」
…あの時、私は…窮地に立たされていて…
……究極の選択を迫られた……。
………そして…結論を出した……。
思い出して、顔が熱くなる。
私のそんな様子を見て、銀狼は意地悪く、さらに問いかけてきた。
「何を想っていたのか、俺に聞かせてくれぬか…?」
「……~~~~っ!!」
---何て嫌な奴だっ!!
私は、その問いかけに答える事ができず、顔面を紅潮させてうつむいた。
そんな私に銀狼は、ははは…!、と満足気な高らかな笑い声を上げながら言った。
「…まぁ、そういう事だ。お前が想わねば、あの契約は成り立たんからの」
--心底ムカつく男だ…。
まだニヤニヤと薄笑いを浮かべながらこちらを見ている。
私はその視線に耐えられず話題を変えた。
「そ、それは、もういいでしょっ??
それより、さっきの化け物は一体何だったのよ…?」
「あぁ。祟り神の事か?」
「…祟り神…?」
私は聞き慣れないその言葉に首を傾げる。
「あれは、元は神格を持った、神だった者だ」
「…神様が、どうして…?」
私の中に何とも知れない感情が芽生える…。
「理由は様々だが…。
まぁ、鎮座する社や祠を人に奪われるなど、
人から害をなされ、人を恨むようになった神は神格を失う…。
そうして月日が流れると、あのような恐ろしい姿になり
祟り神になる」
--人から害をなされる…。
--神様だったのに…??
--人々を護って来たはずなのに…??
銀狼は、顔色一つ変えず淡々と語るが、
銀狼だって神様だ…。
今の社の様子を見れば人事ではないだろうに…
おばあちゃんが、毎朝祈りを捧げて来た犬神神社…。
私は、なんだか、それがとても悲しい事のような気がしてならなかった。