「銀狼、心配しないで…。

 私は、大丈夫…。

 それが村の為に、大切な人達の為になるのなら…」


『夏代子』はゾッとする程に冷えたその手を、

銀狼の額にそっと充てた。


「村の為だとっ!?そんな訳あるかっ!そんな物、山神が人を食う為のていのいい言い訳だ
!!」

銀狼は声を荒げた。


「お前だってもう解っているのだろう!?それなのに、何故そのような事を言うっ!?」



銀狼の激しい問に、『夏代子』は哀しそうに、瞳を伏せた。




「…………」




ーーー甘く切ない感情がドッと流れ込んでくる。

それはきっと『私』の感情ではなく、

おそらく『夏代子』の感情なのだろう…。

胸を締め付けるようなその感情に私の心まで飲まれてしまいそうだ…。




長い沈黙の間、二人はお互いの存在を確認するかのように、強く抱き合っていた。



「夏代子…。お前は……今でも、俺を愛しているか??……」


その声は、今にも消えそうで、不安気な、か細い声だった。

私の知っている彼を思えば全く想像が出来ない。


「………今でも…って、どういう事??」


彼の質問に答える『夏代子』の声は涙で震えていた。

心外な質問をしてくる彼を戒めようと、

彼女はその白い両手で彼の両頬包み込み、

この切ない想いから逃げられないよう、こちらに向けさせた。


銀狼の金色な瞳に『夏代子』の姿が映し出される。


「……私の愛する人は、今も、昔も、、………これから先も、あなただけよ…」


彼の瞳に映る『夏代子』は、いくつもの雫を、その瞳からこぼしていた。


「お願いだから……、わ…たしの、気持ち…まで、疑わないで……!」


銀狼の視線と『夏代子』の視線が絡み合う。


『夏代子』のその真剣な眼差しは、

清らかで、嘘や偽りを感じさせず、

まっすぐ銀狼の心眼まで届くようにと…

そんな願いの込められた眼差しだった。


『夏代子』は自分の想いが彼にキチンと伝わるように…

そんな不安を抱える彼の気持ちごと包み込むかのように…

銀狼を強く抱きしめた。


銀狼は『夏代子』に抱き締められたまま、ゆっくり瞳を閉じる。

その表情は先程までとは違い、穏やかなものになっていた。


「夏代子、俺はやはりお前を失いたくない…。

 お前が居なくなるなど、想像も出来ん…」



「…………」



『夏代子』は彼の気持ちに答える為、

言葉で伝える変わりに、頭を縦に何度も振った。