「どうやって帰るんだ?」
私は、銀狼の問いかけに答えられなかった。
「………道がない……」
暗闇の中、足で探って登って来た石段が無くなっていた。
それどころか、社が暗闇に蒼白く浮かび上がっているだけで、
その先も後ろも、四方八方が闇に閉ざされている。
ここは、私が知っている犬神の社ではなかった。
絶句状態の私に犬神が告げた。
「ここは、神の、俺の領域だ。
何も知らずよくここまで来れたものだな。」
私は泣き出しそうな顔で犬神を睨んだ。
犬神はそんな私をニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべで眺めている。
「そんな顔をするな。お前は俺の大切な婚約者だ。今日の所は帰してやろう。」
その言葉を聞いて私は不本意ながらもホッとした。
その時…
犬神が今までとは違う、静かな声で問いかけてきた。
「………一つ聞いていいか…??」
嫌味な笑みは消え、何も語らない無表情な面持ちだった。
その表情から、彼の感情は読み取れなかったが、何やら重苦しい空気に変わった事は解った。
「……あの…約束の日、お前は何故来なかったのだ?」
ーー約束の日??夏代子さんとした約束の事??
その問いかけに何も答えられない私は、沈黙するしかなかった。
犬神は、私から何かを読み取ろうとしているのか、無言で私を見つめる。
試されているような視線が、私に何か言わないといけないような気にさせた。
「あ……」
何を言えばいいのか解らないまま言葉を発そうとしたが、犬神がそれを遮った。
「まあ、良い。だが、お前が今置かれている状況は忘れるな」
そう言うと犬神はスっと優雅に片手を上げた。
すると、この暗闇の空間が主人の命令を待っていたかのように
ざわざわと蠢きだしたのだ。
その動きはまるで闇を這いずる生き物のようだった。
そして犬神は闇の一番暗い部分を指差した。
すると、その指差した方向に光が集まっていく。
やがてその光は大きくなって、私をすっぽりと包み込んだ。
犬神の声が頭の中に響く。
その姿は強い光に邪魔されて、もう見る事は出来ない。
「……忘れるな。お前が何者であるかを……」
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…………………………………
気が付くと、私は社へと続く階段の前に立っていた。
朝焼けが眩しくて、目を細める。
先程までの暗闇はもうここにはない。
夢のような出来事に、狐につままれたような気分だ。
私は、今までの事がまだどこかで信じきれず、
おばあちゃんの家へと続く一本道を一人トボトボと登って行った。