鳴人が再び主の姿を目にした時、主は力を使い果たし、深い眠りについていた。

しかし、その姿は以前と変わらぬ神々しさと美しさを称えていた。



風に舞う黄金色の細い髪。


瞑られた瞳を縁取る、長いまつ毛。


その奥には、あの宝石のような翠緑の瞳が眠っているのだろう…。



眠りについている主が、その瞳に鳴人を映す事も、

低くそれでいて良く通る声で、鳴人に語りかける事もないのだが…

鳴人は、それで十分だった。


そう…。


鳴人は、この時初めて主を独占する事ができたのだ。


栞から…、鳴人から、全てを奪ったあの忌まわしい出来事は、すでに過去のものだった。


眠る主を見つめながら、衰退し、寂れて行くこの村を最後まで見届けようと思った。


村が無くなれば、いずれ主も消える…。


いつか、その日が来るまで、末永く見守って行こうと…。


それが、鳴人の本望だった。



『いつまでも、いつまでも…山神様のおそばに…』



今思えば、眠る主の傍らに寄り添うあの時が、一番幸せだったように思う…。


心は満ち足り、優しい時が穏やかに流れていた。



『…それなのにっ…!!』



無情にも…、忌まわしい出来事は繰り返されたのだ。


月のないある晩の事…。

この世の全てが騒ぎ出したのだ。


人柱が現れた、と……。


鳴人に眠る古い記憶がまざまざと蘇り


手が、足が…、鳴人の意志と反しガクガクと奮える!


…水面鏡に映るは、またもや、自分ではない別の誰か…。



鳴人は、身を引き裂かれるようなあの体験を、再びせねばならなかった…。



『…どうして?

 どうして神様は、僕の願いを聞き入れてはくれないの!?

 僕が再びこの家に生を成したのは、全てをやり直すチャンスを与えられたからじゃなかったのっ!?

 どうしてっ!?……どうしてなんだよっ!!??』



やがて……


山神が目覚めの時を迎える…。



鳴人は眠りにつく主の傍らで、何度も想像したのだ。


あの美しく、悠々とした生命力溢れる翠緑の瞳に、再び自分が映しだされる日の事を…。


それは、待ち遠しいような、それでいてこそばゆいような、なんともしれない優しい気持ちを抱えながら…。


しかし…


現実は想像とはかけ離れたものだった…。



主の瞳に、鳴人は…、栞は…、

永遠に映らない…。



二世に渡ってのこの辛い追体験は、以前にも増して鳴人に暗い影を落とす事となった。