暫く二人抱き合った後、ゆっくりと山神の身体が離された。
その翠緑の瞳には、寂しさの色は、もう感じられない…。
夏代子もまた、初めて山神と会った日のように
優しい微笑みを返し続けている。
優しい空気が二人を包み込んでいた。
「…夏代子…
お前に、俺の真名をあかそう…
それを聞けばお前は…
…解るな…?」
山神もまた、銀狼と同じく優しい…。
夏代子はそれを覚悟してここへ出向いたというのに
最後の最後まで夏代子の意志を確認し、尊重しようとする。
「…えぇ…
解っているわ…
私は寂しがり屋な神様と共に…」
そう言って笑った夏代子の微笑みは、余りに屈託なく
それは山神にとって最上の救いとなった。
そして、互いに見つめ合い…
山神が口を開く…
「…俺の名は……
【…】、人柱夏代子よ…
我が真名により
お前は俺になり
俺はお前となる…」
見つめ合う二人の間を中心に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫が混ざりあう虹色の輝きが、飛び出す。
そして、この白い空間を瞬く間に埋め尽くした…。
夏代子の姿がゆらゆらと揺れだし、その原型を崩し始める。
恐れなど…
もう、とうに捨てていた。
自分が溶けてゆくこの感覚は、むしろ心地よさすら感じる。
『これが…人柱となり、神と一体になる感覚…』
その感覚を感じる事が精一杯で、他の事は何も考えられない。
夏代子は心地良いまどろみを、ただただ、その感覚で感じているだけ。
その時だった…
虹色の世界が、大きく歪む。
そして、強い空気の振動を感じた。
夏代子の五感はもうない。
その姿も、もはや原型をとどめてはいない。
山神と一つになりかけている夏代子が感じているのは
山神を通して感じる感覚だった。