やがて強い白の中心に現れたのは…
いつか、山中で出会った翠緑の瞳を持つ立派な角を携えた、真っ白な牡鹿。
「…あなただったのね…」
夏代子はその時、全てを悟り…
力なくはにかんだ。
牡鹿は悠々と夏代子に近づいて来ると、曲録の淵に添えられた夏代子の白い手に
口づけでもするかのように、そっとその鼻先をつけた。
すると…
牡鹿の姿が、ゆらゆらと揺れだす…
ゆらゆら、ぐらぐら…歪みだす。
それは、いったん靄のようになり…
形を成した…。
「…この姿では…
初めまして、になるのかな?」
強い白を背景に、金色の細い髪がキラキラと揺れて、それは銀髪のようにも見えた。
深い翠緑の瞳だけが…
愛しい人と異なる…
『…銀狼…』
山神は、その翠緑の瞳に少し寂しそうな色を浮かべ、真っ直ぐに夏代子を見つめながら、
彼女の両肩に触れる…
「…俺の所には…
…来てくれぬと思っていた…」
山神のその言葉に、夏代子は優しく微笑む。
「…でも…
私はここへ来たわ…」
ニッコリ向けられたその笑顔を…
山神は心から愛しく思う。
「…夏代子!」
山神は夏代子を強く抱きしめた…。
『…この人の…
…永遠に続く時の中で培った
寂しく焦がれる気持ちが…
私の中へ流れ込んで来る…』
その思いは同情だったのかもしれない。
夏代子は抱きしめる山神の肩に自分の顎をのせ、
優しい眼差しで山神を抱き返した。
「…夏代子…
お前は俺の中に生き
永久に俺と共に居てくれ…」
山神の声は小さく、そして微かに震えていた。
結局、この大神ですらも
いつ終わるとも知れない役目の中で
ずっと孤独だったのだろう…。
そして、銀狼もまた、その寂しさを抱えていた…。
『神も人も、実の所、同じ物なのかもしれない…
そして…
まだ、限られた命である人の方が幾分ましなのかもしれない』
夏代子はそう思った。