娘に連れられ、神事の行われる御神体の間へ、一歩踏み込むと

むせ返るような線香の香りが夏代子を迎えた。


上座の御簾へと続く中央の空間はまるで道のように開けられており、

下座の者共は両壁に沿って正しく整列している。


その即席の道を夏代子は一人、ゆっくりと踏みしめるように進んで行く…。


仏のような面差しで…


この場に居た者共は、夏代子のその面差しを見て、どのように思っただろう?


厳かな空気の漂う、この神聖な神事で

無駄口をきくような愚か者は誰一人おらぬが…


美しいと思ったろうか?

神々しいと?

それとも、美しく凛々しいその姿こそ、まさに村の救世主と?


いずれにせよ、どれも、他者の勝手な想像…。


夏代子は今、自らの為、村の為に、死に行く…。


それだけが…


紛れもない事実…


やがて…


夏代子の凛々しく麗しいその姿が御簾の中へと消えて行く…。


それを見計らったように、神官達が一斉に祝詞を唱えだした。



御簾の中は12畳程の座敷になっていて、

その中央には木製の、丁寧な金の細工が施された曲録(お坊さんが座る椅子)が置かれていた。


それ以外の物は、この空間にはない。


夏代子はゆっくりとした足取りで曲録まで行くと、

それに腰掛けた。


そして瞳を閉じる。


瞳を閉じれば広がるのは闇ばかりで、これからやって来る無を、より身近に感じる…。


ただ、耳から聞こえる、神官達の唱える祝詞が妙にうるさかった。


徐々に意識は混濁して行き、五感が鈍くなって行く。


その感覚は、自分がこの世界を雄大に包み込む大気へと変わって行くような感覚だった。


あぁ…

あんなにやかましかった神官達の祝詞も、もう聞こえない…


もはや…

私の感覚は私の物で無い…



そう感じた時だった…



眩しい程の白が、ある一点から急速に広がり、夏代子を飲み込む…



五感を失った夏代子は、その光景を目で見てそう思ったのではない。



それは、脳内に浮かぶ、うたかたのビジョン…。