山神神社にある御神体の間…。


普段、その神聖な空間を守る分厚い扉は固く閉ざされているが今宵は違う…。


その重厚な扉は開け放たれ、意外と広いその部屋の下座には、

代々山神神社を守って来た血族達が神事用の袴に身を包み集っている。


そして、一段高くなった上座と下座の堺には御簾が備えられおり

それはまるで下座の者と上座の者との、解りやすい境界線のようだった。

御簾の奥に鎮座する存在が、いかに高貴であるかを表している。



間もなく、人柱を山神に捧げる神事は、この場所で始まる。



夏代子は別室に連れられ、巫女姿の娘に、美しく煌びやかな着物に着替えさせられていた。

その着物の打掛の見事な事。

金に銀、碧に朱の刺繍が鮮やかに施されている。

夏代子の綺麗な黒髪は文金高島田(白無垢の花嫁さんがする髪型)に結い上げられ、

鼈甲の簪が何本も差し込まれている。

その簪の見事さを自ら見る事ができずとも

夏代子の首にかかる重量が、細工の見事さを伝えた。


「お綺麗ですよ…。人柱様…」


何の感情も感じさせない抑揚のない声が、身支度が終わった事を知らせる。


『…私はいつから人柱と言う名前になったのだろうか?』


夏代子は寂し気にはにかんだ。



そして、鏡に映る自分の姿を確認する…。



その出で立ちは、まるで、花嫁。



夏代子は銀狼の花嫁になると約束した満月の夜に

夢にまで見た花嫁衣装に身を包んでいる…。



たが…


その花嫁姿は銀狼の為でなく、自分の為…。


皮肉なものだ…。


自らの想いに瞳を伏せた…。


「では…そろそろお時間です…

 人柱様、さぁ、こちらへ…」


古い日本人形のような不気味さを漂わせた巫女姿の娘が、夏代子へと手を差し出す。

夏代子は、娘のその何の感情も感じさせない表情をチラリと見る。


『私は…

 大切な感情を、もう十分に貰った…。

 今からは…

 私も…

 人形になろう…

 喜びも、悲しみも、恐れも、

 何も感じない、この娘のように…』

 
伏せた瞳を上げ、差し出された娘の手を取る…。


そこに佇んでいるのは、もう、夏代子ではない。


感情を捨てたその面差しは、

見目麗しく、神々しく…

見る者によってその表情を変える、仏像の面差し…


ある者には、癒しの顔を…

ある者には憤怒の顔を…

ある者には悲しみの顔を…


しかし、実の所、その仏像の想いを知る者は誰一人いない。


その想いを知るのは、冷たい光沢を放つ仏像のみ…。