自分をずるい女だと夏代子は思う…。
銀狼は、自分の為に、その命すら捨てると言ってくれたのに対し、
自分は何一つ捨てる事が出来なかったからだ。
『私が突然消えたら、幸太はどうなる?
まだ幼い妹もいる!病弱な母も!!』
『人柱を捧げられなかったら、この土地を守る山神の力はどうなる?
山神の加護の消えた、この愛すべき村はどうなる?
村だけじゃない、川向いのおじさんや、おばさん、村の皆の笑顔はどうなる?』
そう…
夏代子は優しすぎたのだ…。
『銀狼とこの村を離れたら、犬神ですらこの村にいなくなる…。
それに、銀狼にとって社を捨てる事は、死と同じ』
愛しい人を、死へと導く選択は…
どうしても出来なかった…。
それに、不思議な力を宿す夏代子は知っていた。
人が神になる事は、出来ない…。
そして、その逆も…。
人と神の生きる時は決して平行線でない。
それは、別方向に走る二本の線が一瞬だけ交わる一点に等しい。
例え夏代子が人柱で無かったとしても
それは変える事の出来ない事実だ…。
『遅かれ早かれ、私達に別れは訪れる…
ならばこの命、銀狼の為、家族の為、村の為、捧げよう…』
それが…
何度も、何度も、何度も繰り返し考えた、夏代子の答えだった…。
夏代子は銀狼も見てるであろう、まん丸な月を見上げる…。
『銀狼…あなたは生きて…
長く、長く、出来るだけ長く…
私、必ずまたあなたの近くに生まれてくるから…
だから、その時まで待ってて…
残酷な私を…どうか許して…』
もう、涙は流さない。
今の願いをまだ見ぬ未来に託して…
夏代子は月を見上げた…。