その頃…


銀狼と同じ空の下…



「…ひふみ…

 …よいむなや…」


夏代子は美しい満月を見上げ古の歌を紡いでいた…。



「…人柱様…お時間です」


終いまで歌い終わる事を

冷たい響きが遮る…。


「…はい…。今、参ります…」



今宵…


夏代子が人柱となる神事は人知れず行われる…。


本来、この神事が執り行われるのは、次の満月期だった。


しかし…


人柱を占う際、水鏡に映った不穏な黒い影。

選ばれた人柱は、異例中の異例、一般の村人…。

それに加え、山神神社の当主である巫女の突然の死…。

人々が『不吉だ』と騒ぎ立てるには十分すぎる理由だった。


『神がお怒りになっている!!

 一刻も早く人柱を捧げ、怒りを鎮めよっ!!』



昨夜遅く、山神神社の関係者が訪れ夏代子に告げたのだ…。


「神事は予定より早まった。明日の満月執り行われる。

 お心の覚悟を」と…。


その神事が行われる日取りとは…

皮肉にも、銀狼と約束した満月の夜だった…。



銀狼は今夜、夏代子が人柱として山神に捧げられる事を知らない。


急な事とはいえ、銀狼の居場所を知り尽くしている夏代子なら、

この事実を銀狼に告げる事は出来たはずだ。


だが、夏代子は、そうはしなかった…。


故意にその事を銀狼に告げなかったのだ。

否、告げれなかったと言った方が正しいかもしれない…。


夏代子が人柱になると知った時、

銀狼が夏代子を嫁に貰うと言ってくれて、

たまらなく嬉しかった。


生身である自分の為に、ためらいなく、神である事を捨てると言ってくれた銀狼に

深い愛を感じた…。


しかし…


銀狼のその深い愛は、言葉にならない程の喜びと同時に、

言い得ない不安をも夏代子に与えたのだ。


『他所の土地で共に暮らそう』

銀狼はそう言ってくれた…。

いっそ人柱の事も、この村の事も忘れ、他所の土地で銀狼と共に生きていけたら

どんなに幸せな事だろうか、とも考えた…。


何度も、何度も、何度も…


繰り返しその事を考えた…。


しかし…


答えはいつも同じ…。



『私に家族を捨てる事は出来ない…』