「…童の癖に…勘の良い子だな」
銀狼は小さな声でボソッとそう呟いた。
「…あぁ、そうだ!
もう山で迷うなよ!次は送ってやらんからな!」
そう言い残すと、銀狼は風に舞い上がり、昼寝の続きをゆっくり楽しもうと
元のクヌギの木へと帰って行った。
『妙な雰囲気の童だったが…
まぁ、俺には関係ないか…』
---そして翌日。
また、クヌギの木で昼寝をしていると…
「わんわんわん」
『………。』
「わんわんわん」
『………またか…』
どうした事か。
山で迷う人間はそれなりの数はいるが、
二日連続、しかも、幼子とは…。
ついてない、と、渋々声のする方へ行くと、幼子が座り込んで泣いていた。
「おいっ!童っ!どうし…っ!?」
その後ろ姿には見覚えがあった…。
「…お前は…昨日の童だな…?」
「…夏代子…」
「…あんっ…!?」
「…私の名前!」
溜息しか出て来ない。
「…もう送ってやらんと言っただろう…?」
「…うん」
「…二度も同じ様な場所で迷うような奴など
俺は知らんからなっ!!」
少し、怖い目に合わせようとその場を離れようとした銀狼に
幼子が口を開く…
「…犬神様は…神様だから…。
皆の助け神だから…」
「………~~~!!」
頭をボリボリ掻きむしり、深い溜息を吐いた。
「これが最後だからなっ!!」
………と、言ったのに……
夏代子は、次の日も、その次の日も、その次も…
同じ時間、同じ場所で、同じ事を連日繰り返した。
『冗談じゃないっ!俺は子守じゃないぞっ!』
「おいっ!!夏代子!!いい加減にしろっ!!
何だこれは!?新手の嫌がらせか!?」
堪りかねた銀狼が、大人気なく幼女に怒声を浴びせると…
「…もう、道は覚えたから、案内は要らない…」
静かにそう言う幼女…。
その言い草に、銀狼の怒りが沸点に達した事は言うまでもない。
「何だとっ!?」
「…だから、犬神様の姿を見てもいいでしょ?」
「…えっ?…」
幼女は銀狼の返答も待たず振り返った…
「………」
黒目がちな大きな瞳が銀狼に向けられる…。
「…初めまして。犬神様」
にっこりと微笑んでみせるその姿は、
今はまだ幼いが、数年もすれば、美しい女へと成長するであろう事が容易に想像できた。
「…私の思った通り!
犬神様、とっても綺麗…」
「…お前…まさか、俺の姿を見る為にわざと…?」
夏代子は黙って頷く…。
『あぁ…犬神銀狼ともあろう者が…
童に一杯食わされたか…』
その言葉とは裏腹に、
神である自分を翻弄させたこの幼女に感心すれど、悪い気はしなかった。