季節は秋分の頃…
最も月が美しいとされる時季だが、
なるほど、それも頷ける…。
月明かりに照らし出された二人の神のなんと麗しい事か…。
栞はそのような神々の傍らで酌をする。
その内、だんまりだった主が見事な月に誘われてか
ポツリ、ポツリと語り出した。
「銀狼…。
神とは何だろうな…。」
その言葉に酌をする栞の手が一瞬止まる。
「…人とは何のかと思った時、そう思ったのだ…。
神とは何なのかと…。」
主は一体どうしてしまったというのか?
猛々しく豪快ないつもの主は何処にも居ない。
そう思いながらも、栞は何事も無かったかのように酌を続けた。
そして、栞のそんな疑問は間もなく、主が口にする事になる…。
「…あの娘と会ってから…
俺は何処かおかしい……。」
その言葉に我が耳を疑った。
主は一体、何を言い出したのか!?
これでは…
これでは、まるで……
主はまた月を見上げ
深くもなく、浅くもない溜息を吐く。
栞の手がかすかに震える…。
「…あの娘…、名は何という…?」
「…夏代子…」
その名を聞いた主は…
栞が見たこともないような優しい笑を浮かべた…。
その瞬間…
栞は全てを悟った…
それと同時に…
栞の中の何かが音を立てて崩れて行くのを感じた…
真っ白な紙に、黒いインクをポトリと落とすかのように…
一滴の黒い染みは、猛スピードで白を飲み込んで行く…
心が…
心が…黒に塗り潰されて行く……
『これではまるで、恋する男のようではないか…』
栞の中に芽生えた、黒い感情……
これを消す事は…
もう出来ない…。