栞が神職に復帰してからしばらくは、特に何事もなく過ぎて行った。

時折、栞が次の人柱になると信じて疑わなかった一族達の

陰口と視線が栞に向けられたが、そんなもの栞は意にも介さなかった。


そんな事よりも…


最近気になる事がある…。



山神の様子がどうもここ最近、何処かおかしいのだ…



どうおかしいのかと具体的に聞かれても返答に困るのだが…



主はここ最近、毎日のように出かけている。

別に出かける事がおかしいのでは無い。

今までも、出かけては2、3日帰らない事もあった。

おかしいのは、その後だ…


日が沈む頃、必ず主は帰ってくる。


帰ってきた主は何処か反応に乏しく、

深くもない、そして浅くもない、そんな溜息ばかりを吐いていて

まるで心ここにあらずだ。


そして、そんな夜を一晩過ごしたかと思うと、

次の朝、また意気揚々と何処かへ出かけて行く。


主と十年余りの月日を共にしてきた栞だったが

こんな事は初めての事だった。






そして…






……ある月の美しい晩の事……









この日の主は、いつもに増してより一層深い憂いに包まれていた。

いつもの猛々しく豪快な笑い声もなく、

神々しく放たれるその神気もすっかり影を潜め、

傍らで酌をする栞の存在にすら気付いていないかのようだった。


栞は何があったのか訪ねたい気持ちは山々だったが

いつもの主の様子と余りにもかけ離れていて、

それを口にする事はどことなく、はばかられていた。


そんな時…



「巫女殿、久しぶりだな…」


声のする方を見ると、

主の友神でもある犬神が珍しく訪ねて来ていた。


「山神は…?」


尋ねる犬神に、無表情に、主を指し示す。


「…あれに…」


それを見た犬神はクックと笑う。


「巫女殿も大変だ…。

 あのような男の世話など、さぞ大変な事だろう」


栞は、犬神の中傷めいた笑いに、瞳を伏せて返す。


「神のお世話は私の努め…。

 不要の心配にございます」


「これは、これは…!!流石、由緒正しき山神神社の巫女殿!

 今頃、人柱に選ばれず、泣いているかと思いきや…!

 いやはや…立派な事だ!」


嫌な男だ…。

そう思いつつも栞は眉一つ動かす事はない。


その様子を見た銀狼が口端を吊り上げ続けた。


「…表情一つ変えぬか…。

 つまらんっ!まるで人形のようだな!

 そのようでは、いつか山神に捨てられるぞ!」



「…………」




栞は銀狼の悪態に、無言を返す。





そして………







二人の神は共に月見酒を楽しみだすのだ……。





それは…、しんなり…はんなりとした雰囲気を漂わせながら…