「さあ、珠理」
お母さんは病院にいるはずだ。どうして、ここにいるのだろう。
わたしが動かずに考えていると、お母さんは手を広げたままゆっくりと近づいてきた。
「私の可愛い珠理。一緒に行きましょう」
わたしの身体はお母さんに抱き締められた。甘い匂いが鼻先をくすぐる。懐かしい匂い。
「お母さん……?」
「私は珠理がいなければ生きていけないわ。珠理もそうでしょう? 珠理にはお母さんがいればいいのよね?」
お母さんは柔らかい声で言った。
「……お母さん。わたし、仲良しの人ができたの」
わたしが言うと、お母さんは身体を離した。
「お喋りをしたり、時々散歩をしたり。仲良しなの」
七斗くんのことを聞いて欲しいと思った。お母さんにも七斗くんのことを知って欲しいと思った。
「そんな人はいらないでしょう?」
お母さんがわたしの頬を撫でながら微笑んだ。
「珠理には、お母さんがいればいいのよ」
何度も聞いた言葉。
お母さんはわたしを押し入れに閉じ込める時、必ずそう言っていた。