それは、わたしには当たり前のことではなかった。わたしがおかえりと言われることも、ただいまということもなかった。

 そして、そんな言葉を知らなかったわたしはお母さんとそれを交わすこともなかった。

 わたしが紡ぐ拙い言葉を待ってくれる人もあまりいない。清川さんは待ってくれる。新野さんも話をする時は待ってくれる。

 でも、二人と話す時はどうしても焦ってしまう。一度考えないといけない。

 七斗くんは違う。思ったまま話していいと言ってくれた。

 だから、わたしはゆっくりと言葉を探すことができる。

 そんなことを伝えると、七斗くんは首を傾げた。

「そんなことでいいの?」

 わたしはしっかりと頷いた。

「わたしには大切なことなんだと思います」

 そう。他人という存在が怖いわたしには大切なことだ。

 怖くない人はとても少ないから。

「……そう」

 七斗くんは小さく微笑んだ。

 わたしも少しだけ笑顔を作ってみせた。そうしたら、七斗くんが今度は驚いたような顔をした。

「どうしたんですか?」

「君、笑うんだね」

 七斗くんはそう言った。