この部屋は5階にあり、ベランダもなく、外の壁ものぺっとしているので、タコのような吸盤でもなければ、それをよじ登ることは難しい。
……オクトパ靴、みたいな。
それでも、締めきった窓の外に茨城先輩がべったりと張り付き、こちらをじっとりとした目で見ているような気がしてしまって、あんなことがあった直後、1人きりで部屋にいるのは、かえって恐怖心をあおられた。
「葉司って、ほんっと、アレよね!」
言葉の通りに受け取る人よね。
バカっていうか、ある意味、素直っていうか。
まあ、そんなところが可愛かったし、大好きだったし、どんなときだってあたしの気持ちを最優先に考えてくれる優しい彼氏だったのだけれど、それにしたって、今じゃないでしょ!
なんだよ、あの格好。
葉司でもあったし、愛菜でもあったし、一瞬、どっちの名前で呼んだらいいか、ちょっと分からなくなっちゃったじゃないのさ。
とは、言いつつも。
「葉司ぃ~……」
その夜、あたしは電気もテレビも一晩中つけっぱなしにし、音楽もガンガンかけ、ちっとも酔えないけれど缶チューハイを何缶も空け。
泣いては葉司の名前を呼び、葉司の名前を呼んではまた泣き、を延々繰り返した。
……当然、一睡もできなかった。