「じゃあね、葉司。仕事、頑張ってね」


そう声をかけ、コートを羽織り、忘れ物がないかを確認すると、ドアのほうに向かう。

最後くらいは葉司の笑った顔が見たい、だなんていう高望みは、もうするまい。

別れたあとも、あたしの望みはたった1つ、葉司が元気でいてくれたらそれでいい、である。


今はおそらく、あたしのバカな話を聞いた衝撃から立ち直れずにいるだけで、なんといってもここは、葉司が“愛菜"として楽しく働いているオトコの娘カフェの中なのだ。

しばらくしたら、きっといつも通りの愛菜に戻り、お客さんとゲームをしたり話をしたり、ステージに上がれば、ほかのオトコの娘たちと歌やダンスでお客さんを盛り上げたりして、いっそうの幸せな心地に誘うだろう。

あたしはここで、おさらばだ。

バイバイ、葉司、どうか元気で……。


「マコ!待って、送ってく」


けれど、鍵を開け、ドアノブを回したところで呼び止められ、なかなか振り向けずにいると背後に葉司の気配がし、ドアノブを握ったままのあたしの手に大きな手が重なった。

久しぶりに触れた葉司の手は、別れていても、葉司の格好が女子高生でも、ろくでもないバカな話のあとでも、やっぱり懐かしい。