その夜、ひっそりとした病院の中を足音を立てないように歩き、桜空の病室の前でかなり長い間迷っていた。


自分では納得しているわけじゃない。


それでも桜空は…俺との間に、自分が生きた証として子供を遺すことを願っている。


大人になりきれていない俺は、それがどんなに残酷な結果をもたらすかにすら考えが至らなかった。



五体満足で生まれても、優しく包み込んでくれる母の手はない。


桜空の体が弱まった場合、桜空もろとも赤ん坊は亡くなるかも知れない。



そんなことすら知りもしないで、おれは桜空の願いを聞き入れることを最優先に考えていた。


願いを叶えることで、桜空の生きる希望と力が湧いてくるのなら俺は望むようにしてやるだけだ。




覚悟を決めて病室に入った。




桜空はまだ起きていて、俺が扉を開けて入ってくるのを待っていたようだ。



「…来てくれないかト思った…」


来ないわけないさ。お前の願いは何でも叶えてやるって言ったんだ。二言はねぇよ。




桜空のベッドに座り、血色の悪い桜空の手を強く握った。




「…今から、お前を抱く。桜空と俺の子供を生むため、だ。…桜空、頑張れるか?」


二人でしっかりと握り合った手からは、お互いの覚悟の強さが伝わってくる。




そうか、後悔しないんだな。


ならば俺も、絶対に後悔はしない。




二人で、幸せになるんだろ?