近くで見た木は若かった。
柔らかそうな若葉を天に向けて精一杯伸ばし、生き生きとしていた。
木漏れ日が眩しくて思わずイオは手を目の前にかざした。
終始不思議な気分だった。何故か心がうずうずする。
“約束の木”の下に腰を静かに下ろす。
朝露で服が濡れることなど気にしなかった。
瞳を閉じれば忘れていた懐かしい光景が浮かんできそうだった。
深く息を吸い込み深呼吸。
鼻を抜ける懐かしき匂いに浸った。
ぐいと伸びをしてぱたんと後ろに倒れこむ…。
頬を擽る葉が痒くて、思わず笑ってしまう。
手を伸ばし、大の字に寝転んだその時……、明らかに花ではない感触が手に触れた。
起き上がり、手にとったそれは使い込まれたスケッチブック…。
表紙に描かれた下手くそな落書き…。
見覚えがあった。
これは自分の描いた絵だ。
ゆっくりと捲るページは何だか重みがあった。
懐かしい匂いに包まれながら、追憶のスケッチブックを捲る…。
クレヨンで描かれた下手くそな絵。
絵の中の二人の人物は、青い花に囲まれて手を繋いでいる。
栗色の髪に深緑の瞳の少女は恐らくイオ自身。
イオと手を繋ぐ少年は金髪に紅の瞳………。
「―――ウルド?」
その瞬間イオの中で何かが繋がった。
全てに説明がつく。
ウルドが予めイオを知っていた理由も、探していた理由も…。
「でもどうしてウルド…?
何故ウェリムーザはあの日の記憶を少しだけ甦らせたの…?」
スケッチブックを抱き締めたイオは淡い光に包まれていく。
“汝の幼い記憶が、あの紅眼の男を救えるかもしれない。我はそのきっかけを作っただけだ…”
ウェリムーザの声はこの前よりも大きく聞こえた。
追憶の景色は蜃気楼のように消えてしまい、元の通路に戻っていた。
しっかりと抱き締めていたスケッチブックも消えていた。