イオは背中に感じた声に反射的に振り返った。


何事かと思い見ると、ロキがこちらに駆けてくる。


先程の声はロキのものだった。



「どうしたの、ロキ…?」

イオは驚いた様子でロキの宝石のような紫の瞳を見つめた。



「あ…、呼び止めちゃってごめん。

――俺、一人で旅立つイオちゃんが心配で心配で…。

だから、これ…っ」


顔を赤くして直ぐ様下を向いてしまったロキは、イオにきゅっと何かを握り締めた手を差し出した。



ゆっくりと緩め開かれるロキの掌には、漆黒の輝きを放つ宝石のような美しい欠片が乗っていた。



「すっごく綺麗…。

これ、何かの宝石?」


イオはロキが差し出してきた欠片を手に取り、太陽に透かしたりして眺めた。


光を集め、不思議な輝きを放つ黒い欠片。
薄く、しかししっかりと硬く、艶があり、それだけで一つの芸術品のようだ。




「あ、これ宝石じゃなくて、俺の鱗…。


俺たち飛龍の鱗には不思議な力があるって言われてるんだ。
俺もよくわからないんだけど…もしその言い伝えが本当なら、イオちゃんを守る力があるかもって思ってさ…。

ま、まぁ俺みたいな落ちこぼれ龍の鱗だからイオちゃんの力になれるか微妙だけど………しょぼいお守りだと思って持っていってくださいっ」


照れながらもロキはイオに頭を下げる。
黒と金のツートーンカラーなロキの奇抜な髪が、さらりと風に揺れた。



「ロキ、ありがとう。

でも鱗…大丈夫なの…?」


黒いロキの鱗…。
一度抜いたらもう二度と再生しないのではないかと、イオは心配になってしまった。



「一枚だけだし大丈夫だよ。
それにさ、しばらくしたら再生するんだ、あれ」


ロキは白い牙を少し見せて笑った。
人間の姿をとっていても、やはり龍だ…。

龍であるときのロキは、黒く、しなやかな美しい龍。


「なら、よかった。
ありがとう。ロキのお守り、大切にするね」


イオは瞳を閉じ、ロキの鱗を胸の前でしっかり握り締めた。