「――ウルド…?」
イオは揺らぐウルドの紅を見つめる。
違う…いつものウルドと違う。初めて見るウルドの弱さだった。
「―――ごめん…」
瞳を逸らしたのはウルドの方だった。
この瞳はイオを恐がらせてしまうから…。
ウルドはそれっきり何も言わずに、イオの手を引き歩きだす。
もう何も言わないでくれ。
早く、早くこの二人きりの気まずい状況から抜け出したかった。
「ちょ……ウルド…」
何も見えない暗闇の中、どんどん進んで行ってしまうウルド。
繋いだ掌の冷たさが、遠くなった心の温度に感じられる。
“私の言葉がウルドを傷付けた……”
繋いだ手から感じるウルドの放つ雰囲気は、イオが喋ることを許さない。
謝りたい、だけど謝れない。
雰囲気に包まれて、イオは口を閉ざすしかなかった。
何も見えない。
光が届かない闇の底だから。
イオはただウルドに導かれるまま、闇の中をひたすら歩く。
どれだけ歩いたかわからない。
無言のまま早足で歩く二人の耳に、ふと悲しげなメロディーが聞こえてきた。
ピアノの旋律…。
短調なメロディーは、厳かで不気味さを醸し出す。
これは警告だ。
これ以上この屋敷に立ち入るなと、屋敷が二人の侵入を拒んでいる。
「――――引き返そう」
ウルドの決断に、もはやイオが逆らう理由もない。
この気まずい空気のまま、屋敷の探索を続けるなんてできない…。
「そう…だね」
か細いイオの返答に、ウルドはくるりと踵を返した。
一度だけウルドの真紅の眼光がイオを捉えたが、すぐにまた目を逸らしてしまう。
何も会話のない気まずい状況下。
来た道を引き返す二人の耳に、いつしかピアノの演奏は聞こえなくなっていた。
イオはぎゅっとウルドの手を握る。
この繋いだ掌だけが、今ばらばらになった心を何とか繋ぎとめている唯一の架け橋…。