ミチルは久しぶりに柏木に笑顔を見せると、さっとごちそうさまの動作をして食事室を出た。


柏木は片付けをしながら少し考え込んだ。


(庶民派のお嬢様は私が思っていたよりも、ずっと大人だったのですね。
いろいろ衝突したりするもの楽しいと思っていたけれど、私がそんなに過保護になってしまっていたとは・・・自分では気付きませんでした。

たしかにあなたはイディアム王子の婚約者のお立場にあるお方。
劣る技術を高めるためには歪んだ愛情など、いちばん不必要なものだ。
嫌われてなくてよかった・・・。

そんなに私を気遣ってくれていたなんて。
でも・・・私は)


「私は泥棒にあなたの心を盗まれるようなヘマはいたしませんから!
それだけは阻止しなくては!」



その日は午後から近隣諸国の代表が続々とやってきた。
つまり、いよいよ翌日から親善ゲームが始まるのだ。


「クイン、明日が本番だけど・・・イディアム様と息があうか心配だわ。」


「俺と合わせられるのだから大丈夫だろ。」


「そうなの?だって、いつもクインと打ち合ってラリーまでできるようになったのよ。

でも、本番は2人対2人なわけでしょう。
いくら王子がいっぱいフォローしてくださっても、私は集中攻撃されないかなぁ。」


「それは多少あるかも・・・。」


「じゃ、一度私があなたがたに挑戦させていただきましょうか。」


「ええっ!柏木さん・・・どうして?」


クインとミチルの前にテニスモード全開の柏木が立ちふさがる。


「私を拒絶してそちらの彼と練習していた実力を見せてもらいたくなったんですよ。

明日はイディアム王子と組んでの大切な試合が続きます。
ミチル様の教育を仰せつかっている私の目で納得のいく成果をあげていただかなくては私の身がいよいよ危うくなりそうですからね、実力のほどを直接みせていただきます。

いかがですか、クイン。私に勝てる自信などないですか?」


「あんた、ミチルの実力をはかるというより、俺をブッ倒したいみたいだな。
べつにかまわないよ。
そっちの方が楽しそうだしな。」


「クイン、そんなこと。」


「この兄さんは俺と似たようなニオイがするからな。
決着つけておいた方がよさそうだ。

それに、俺はミチルが気に入ってる。
王子の寵愛を受けられなかった女を奪っても罪にはならないらしいからな。」


「何!?」


「現時点ではミチルはいい娘だけど愛する女には程遠いみたいだぜ。」


「嘘だ!イディアム王子はそんな情報を流したりしません。」


「流してはいないが・・・現時点では姉御肌のマウルとアメリカ大企業の令嬢のミアンナが優勢だと思う。」


「おまえの見立てと王子の心意が同じとは限らない!
ミチル様のことを思っておまえを採用したあの方が、そんな簡単にミチル様を脱落させたりはしない!」


「悪い、脱落は言い方が悪かった。
ミチルは俺の採点では優勝に値する。
ただ1つ、おまえのような虫を飼っていることはマイナスだけどな。」


「ま、待ってよ、クイン、柏木さん・・・わ、私の練習が・・・。」


「いいから構えなさい。
ミチル様の練習の成果を私に見せてください。」


柏木とクインの間にどういう思惑があるのかはわからないが、ミチルは2人から教えてもらった通りにサーブをして、試合はスタートした。


ミチルが打ち始めてちょうど30分が過ぎようとした頃、クインがミチルを抱えるようにしてコート外へと出した。


「え!?何?クイン・・・どうしたの?」


「いいから、そこで見ていろ!間違ってもコートの中に入るんじゃないぞ。」


ミチルは柏木の打ってくるボールをすべて返球して、かなり楽しくなってきていたのに、いきなりコートの外へ連れ出されてしまい声をあげかけたが、次のストロークの瞬間にピクリとも動けない状況になった。


柏木とクインがものすごいパワーとスピードでシングルスの試合をしていたからだった。


「最近の泥棒さんは変わった特技がおありなようですね。」


「この程度はたしなみだ。
あんた、ただの執事じゃないだろ。」


「ふふふ。どうなんでしょうね。
私のこの試合で勝ったときの望みは、ミチル様の今後の時間をすべて私がいただきますからね。」


「なるほど。俺をクビにしたいわけか。
クビになるのはべつにかまわないけど、ミチルは俺がいただく。」


「やけに執着するじゃありませんか。
どういういきさつがあったかは知りませんが、あなたの思い通りにはさせません!」