そんな柏木の心配もよそに、ミチルは笑顔をとりもどしランニングなどの自主練習もどんどんこなすようになり、その勢いでマナーや教養の講義もスムーズに進むようになった。

イディアムも毎日の報告時にはミチルのがんばりがいろんな方面から聞こえて来てうれしいと言ってくれた。


朝食時、久しぶりに柏木はミチルに声をかけてみた。

「新しいコーチはあなたにとってかなりいい成果をあげているようですね。
イディアム王子がお喜びでした。」


「うん。柏木さんにはずっと悪いなって思ってたけど・・・私にはああいう無愛想であまりしゃべらない人の方がいろいろ上達するみたい。」


「会話がないと間がもたないでしょう?」


「そうでもないわ。練習してるときは没頭してるし、夜は星を眺めてるわ。
慣れて来るとお話しなくても、それでいいと思えるようになるの。

ここは大都会じゃないからでしょうね。
じっくり、星を眺めるなんてしてなかったから新鮮で。」


「あ、あの・・・クインという男は何者かご存じなのですか?」


「柏木さん知ってるんじゃないの?
使用人の管理をしてるって・・・。」


「ええ、でもクインという人物の書類など1枚もありません。
偽名で存在してるのかと思い、そちらも調べましたが該当者がいまだわかっていません。

イディアム王子はあの者をどこから呼び寄せたのか・・・心配なのです。」


「心配はいらないと思う。
柏木さんの知らない人物にわざとしてくれたんだと理解してるわ。」


「・・・それは王子とあなたが2人で私をないがしろにしているということですか!」


「そんな悪意はありません。」


「じゃ、今だからお聞きしますけど、私はどうしてコーチ役も夜担当もあなたからはずされたのですか?

私が勝手に千代様の練習に付き合ったから、不信感をかったのだと思ってきました。
けれど・・・ここまで私は責任者の地位でありながら、無視されるなど屈辱的で。

せめてここが嫌だとはっきり言ってもらいたいです。
黙ったままお茶を入れるのがつらいのです。

私が理解できるように説明していただければ、私は自分の任に徹します。
今のように納得できないまま、毎日あの男とあなたがいっしょにいるのを見せられるのは・・・。」


「クインは泥棒さんなのよ。うふふふ。」


「はぁ?」


「クインはテラスティン王室最大の敵であって、イディアム王子のライバルなんですって。
抜群の運動神経と知能を持っていて、あるときイディアム王子と偶然、直接戦うことになったんですって。」


「そ、そんな話、私はきいていません!」


「王子が教えてくれたの。
だってクインは黙って笑顔をくれるだけなんだもの。」


「そんな、泥棒を雇うなど・・・。
それじゃ、あなたの身に何かあったらイディアム王子の責任問題になりかねない・・・。」


「クインはいい人だと思うわ。
詳しくは教えてくれないけれど、少なくとも私にはすごく紳士よ。

お妃候補じゃなかったら、きっと私なんか貧乏人には近づいてももらえない存在かもしれないけどね。」


「でも近づいてます。馴れ馴れしいくらいに・・・。」


「うん・・・。ちょっと怖いときもある。」



「なっ!じゃ、どうして解雇しないのです?
テニスはもうかなり上達してるじゃないですか。」


「柏木さん、そう思う?
私、うまくなった?」


「そりゃ、悔しいけれど彼に替わってからあなたはすごくお上手になられました。
いまだに納得できないけれど。事実は受け止めています。」


「そんなに落ち込んじゃダメ。
柏木響は簡単に負けを認めちゃうわけ?」


「ど、どうしてあなたはまたそういうことを・・・。
私を拒絶しておいて、そんな挑発をして。
そんなに私を困らせたいのですか。」


「困らせてごめんなさい・・・。
クインのおかげで、私ね、柏木さんと普通に話せるようになってよかったと思ってるの。

だって、私はほら、イディアム王子のお妃候補でしょう。
イケメンの執事のことで嫉妬なんかしてちゃいけないんだもの。

あまえちゃうと、もっともっと迷惑かけて柏木さんを困らせてしまうから。
立場を悪くしたら、使用人全体の指揮にかかわるでしょう?」


「へっ・・・そんな・・・。(あなたっていう人は・・・)」