柏木に10番のテニスコートでストレッチをするように言われたミチルはそのとおりに準備していた。

隣の9番コートで千代が練習をもう初めていて、和風のお嬢様が軽やかなかもしかのような動きで、コーチとラリーを楽しんでいる。


「すごい。試合っぽくはないけれど、たしなみ程度でもこんなにすごいんだわ。
飛んでくるボールの速さってこんなに速いんだ。
どうしよう・・・私にこんな速いのが打てるのかしら?」



「さ、ランニングとストレッチはもう済ませましたね。
では早速やりましょう。」


「は、はい!柏木コー・・・・ち!?ウソぉ!!!!
あれれ。あの・・・柏木さんですか?」


目の前に立っている長身のテニスウェアをさっと着こなしている男性にミチルは驚いて見とれてしまう。


「あの・・・メガネは?それに髪の毛とか・・・どうしてそんなサワヤカ青年ゴッコしてるんですか?」


「メガネは危ないでしょ。それとさわやか青年ゴッコはしていません、もともとさわやか青年ですから。

王子と1つしか違わないといつも言ってるではないですか。」


「そ、そうはおっしゃいましても・・・その身なりでは・・・。」


「何かいけませんか?」


「いえ、私はべつにいいんだけどね・・・あとで大変なことにならなきゃいいけどぉ・・・。
まぁ、私はテニスを教えてもらえればそれでいいしぃ・・・。」


「じゃ、さっそく・・・ボールの持ち方とテニスの握り方からね・・・。」


柏木の教え方は最初の1時間ほどは、とても丁寧でミチルはときどき柏木の顔をチラっと見てはドキドキしていたが、その後様子は一変した。


「ギャアーーーーー!!!追いつけないぃぃぃーー!」


「食らいつきなさい!とにかく最後まであきらめない!
飛びついてでも取るという根性をもって!

さあ、モタモタしない!もっと足を動かして。走りなさい!」


「お、おにぢゃ・・・。これじゃ某テニスアニメのヒロインどころぢゃねぇよ。
練習終了後、わたしゃボロ雑巾じゃ・・・。うう。」



「無駄口たたくな!それっ”」


「きゃあーーー!いたっ!ううっ・・・もう怒ったぁ!
これだってキョウはぜんぜん本気じゃないんだよね。

腹立つぅーーー!1球でも返してやりたいよぉ。
どんな卑怯な手を使っても、返しちゃるからな!!!」


柏木は前後左右に、次々と軽くボールを打ち分けてミチルを走らせているといった感じだ。

(さすがというか・・・テニスは知らなくても基礎体力はけっこうあるな。
犬に追いかけられたとはいえ、一瞬の判断とタイミングで木にジャンプして上まで上るしなやかな体。

初日からして、けっこうおもしろくなってきた。)


「おらおら、次はスピードのあるスマッシュいきますよ。
取れなくても食らいつきなさい!」


「くっそぉーーーー!食らいつけばいいんでしょ。
お~~~~らぁ~~~~~!」


「な、何!?」


パコーン!!

ミチルは柏木のスマッシュを根性で打ち返した。
しかし、その打ち返したボールはかなりの勢いをつけたまま、隣のコートで練習していた千代に向かった。


「千代さん!あぶな・・・」


千代がボールに気付いたときは、ラケットをかまえることもできないタイミングだったが、なんとか柏木が追いついてなんとか千代の顔にボールが当たる事故にはならなかった。


「ふう・・・。コートに突然乱入してしまって申し訳ございません。
千代様、お怪我などはございませんでしたか?

咄嗟のことでしたが、危険な目にあわせてしまいました。
我々はコートを変えますので、ご安心を。」


「私は大丈夫です。あなたはミチル様のコーチ?」


「はい、ミチル様の担当執事の柏木と申します。
ミチル様はテニスは初心者で、今日初めてボールを触ったばかりですので、このことは穏便に寛容な処置でお願いできますか?」


「そう、初めてなの。いいわ、私はもう練習は引き上げようと思っていましたの。
このまま練習していただいて。

それと、夕方の勤務が終わったらでいいので、私の練習相手を30分ほどでいいので手伝ってくださる?
その条件を飲んでくださらないのなら、イディアム王子にミチル様の不届きな行為を訴えますわ。」


「わかりました。夕方6時頃でよろしければこちらで練習を。
それでよろしいでしょうか。」


「ええ、よろしくてよ。」


「あらかじめ申しあげておきますが、練習はお付き合いさせていただきますが、夜には食事その他でイディアム王子との打ち合わせがございます。
そちらは優先させていただきますので、ご了承くださいませ。」


「そ、そうなの。わかったわ。」