「風呂でも入る?」

 「いい」


 寿はイスを引き、腰掛けると足を組んで私の方を向いた。


 「来いよ」


 逆光で、寿の表情がよく見えない。


 「イヤだ」

 「お前さぁ、俺に疑われてるんだってこと、分かってんの?」

 「最初から知ってたんでしょ? 私があんたのこと好きじゃないって」

 「つまんねぇなぁ。言っちゃったよ」


 動揺する素振りもなく、寿はイスに腰掛けたまま動かない。


 「奈々、すごいショック受けてたよ。惚れっぽいけど、
 いつも一途で真剣なんだってこと、私は知ってる。
 それをもてあそぶなんて、許せないよ」

 「今自分がしてること棚に上げて、たいそうなこと言うな」

 「私があんたに惚れてるって、信じてなかったくせに」


 態度で分かるよ。


 「俺さ……お前のことマジになっちまったらしい」


 ちょっと妖しい目つきで、じっと私を見つめて言った。


 「かっ軽々しく言わないで!!」

 「告ったのはどっちだった? お互い様だろ?」

 
 ニヤっと寿は笑う。
 
 瞬間、自分の心臓がバクバクしてるのに気づいた。


 「騙されてたのは俺なんだぜ? タダですむと思うなよ?」


 スッとイスから立ち上がると、真っ黒なシルエットになった彩並寿が

 私の方に向かって歩いてくる。




 まっまさか……そんな……




 「何怯えてんだよ? 正直に告白すれば帰してくれると思った? 甘ぇよ」


 後ずさって距離を取ってたのに、背中が壁にぶち当たる。

 寿は本当に楽しそうな顔をして私のすぐ前までくると、その細い指で私の顎に触れる。

 怖くて私は、目を閉じた。




 近くなってくる寿の気配。











 頬にかかる生暖かい空気、耳に届く吐息。











 ぴちゃ……




 耳元で、濡れたような音がした。