「先生?」

 「あ、あーごめんなさい。どうしたの?」


 こういう女は嫌いじゃないが、タイプでもない。

 でも数年後、街ですれ違ったら、多分俺は振り返る。


 「体調悪いんで、寝かせてください」

 「体温測って」


 デジタル体温計を渡されて熱を測ったが、勿論平熱。


 「熱はないみたいだわ」

 「教室、戻った方が良さそうですね」


 デジタル表示を見ていた先生が顔を上げた瞬間に、

 俺は口端を僅かに引いて、すぐに目を逸らす。


 「むっ無理しなくていいのよ? ベッド空いてるし」

 「ありがとうございます」


 コツッコツッと静かな部屋に靴底を打ちつけながら、

 先生はベッドに案内してくれた。


 「ゆっくり休んでね」

 「ありがとうございます」


 ジャッと閉められたカーテンでプライベートが確保されると、ため息が漏れた。

 保健室のドアをノックする音が聞こえたのは、それからすぐのこと。


 「失礼します」


 どっかで聞いたような声だ。


 「新山奈々いますか?」







 あいつだ、あいつ。

 えーと……俺、あいつの名前知らねぇじゃん。







 「談話室よ」


 新山、授業に出られないほどなのか?

 やっちまったな……

 まぁ、押し倒した時点でこうなることは予想ついてたけど。

 あいつが誘ったのは事実だ。

 でも誘いに乗るべきじゃないことは、初めから分かっていた。

 実際は新山がそれを望んでなかったからな。





 悪いのは俺だ。




 謝れというならそうするが、それでマジじゃねぇことを知らせる前に

 口づけた俺の浅はかさは許されるのか?

 あのキスが初めてじゃないことを俺は祈るしかない。