喧嘩でもするんだと思ったのに、そんな気全然なかったみたいで……

 じゃあ何で私を怒鳴ったの?

 表情のない寿の顔。

 僅かに潤んだ赤い目は、どこか虚空を眺めてる。


 「頭痛ぇ……クラクラする…………」


 投げ出した足と垂らした手が、忘れられたマリオネットみたいで。


 「気持ちわりぃ………」


 無意識が発っしたような言葉が、すごく心に痛かった。


 「寿」


 名前を呼んだけど、寿の瞳はずっと動かない。


 「しっかりしてよ……」


 こんな寿、私は知らない。

 唯夏さんのことで、いろいろ見たけど、アンタってもっと強くって感情的で、

 傲慢じゃなかった?

 床にぶつけた右肩が痛いけど、

 今はそれが寿のせいだなんて責めることもできないし。

 何考えてるの?

 どこ見てるの?

 何があったの?


 「帰りてぇ……」


 ポツッと、寿はつぶやいた。

 帰る? どこに……?


 「ここにいるの………無駄だろ……? 二度目なんか……
 意味あんのか……? 何のために……俺は………」


 まさか、寿は知らないの?

 何故自分が二度目の高校生をしてるのかを。

 鷹槻さん、ハッキリとは言ってなかったけど、

 私は重圧の少ない環境で自由な時間を過ごすためだって思ったよ。


 「アメリカで、あんた頑張ってたんでしょ? だからご褒美なんじゃないの?」


 涼しげだと思ってた寿の瞳が、今はいっぱいの悲しみをためて、

 空に浮く何かを見つめてる。


 「頑張った? 何を……褒美がこれか?」


 どうしてそんな、自分のことを嘲笑うような顔するの?

 頑張ったこと、認めて貰えたんだよ。

 嬉しくない?


 「お前……相当ムカつくよ……ジジイとか鷹槻なみに……最悪だな……」


 笑い声が聞こえそうなほどの狂気的な口調。

 つーっと目尻から、光の雫が流れ落ちる。

 寿―――――


 「俺の周りは最悪なヤツばっかりだ……」


 何で?

 どうして?

 今は涙を流すタイミング?