ごめんなさい。

 そう、言いたかったけど、心臓がドキドキしてて、

 震えてる鷹槻さんの声、聞きたくなくて。

 私はうつむいたまま、何も言えず、拳だけを握りしめた。

 襖の動く音がして、鷹槻さんの気配が部屋から消える。

 鷹槻さんが帰ってきたとき、私はどんな顔して、何て言えばいんだろう。


 『最近、寿の周りで何かございましたか?』


 昨日、鷹槻さんは電話を掛けてきて私にそう言った。

 ちょっとだけ、不安そうだったの、気のせいなんかじゃなかった。


 『ごめんなさい、何も力になれなくて』


 また私はそんなこと言うの?

 鷹槻さんはきっとこう言うよ。


 『恐縮なさらないでください』

 『わたくしの責任ですから』


 って。

 そんなの、ダメだ。

 私、寿と出会ってから、いろんなこと経験したじゃん。

 ずっとずっと好きだった星哉に気持ちが通じて、信じられないけど、彼女にして貰えて。

 過去もやり直したでしょ?

 やる前から結論出してちゃ、ダメだ。
 
 襖がスーッと動く音が鼓動と絡んだのが分かって、私は出入り口の方を向く。


 「お見苦しいところをお見せしてしまいましたね」


 鷹槻さんはいつもの大人な微笑みを浮かべた。

 もうそこには悲しみも後悔も自責の念も見えない。


 「そんなことないです!」

 「ここから帰るには少々時間がかかります。そろそろ出ましょうか」


 鷹槻さんに言われるがまま、タイミングを失した私は自分の気持ちを伝えることもできずにお店を出ることになる。

 いくらかかったんだろう。


 「ご馳走様でした」

 「ごっご馳走様でした」


 優雅な流れで挨拶する鷹槻さんに続いて、ぎこちなく言う私。


 「ありがとうございました」


 あれ……ツケ、かなぁ?

 お会計の場を見ることがなかった。

 すっかり夜に包まれた駐車場で街灯を弾くように駐まる鷹槻さんの車。

 ドアを開けてくれて、私は車に乗り込んだ。

 鷹槻さんが車の中に入ってくると、いよいよ緊張感が高まってくる。