『私お手洗い行きたくなっちゃったんだけど……』


 そしてトイレを指さして、美希は俺の手を引っ張って、ゆっくり歩いた。

 俺はそんとき思ったんだ、休戦中か? って。

 それともこれは作戦の一環なのか? って。

 俺の頭ん中のぞいてんのか……


 「タイムアウトこそ有益に遣わないと、俺は勝負に負けそうだ」

 「まっ負け……」


 デジャ・ビュどころか、繰り返しだ。


 「分かってんのか? 美希が始めたのはブラフゲームだぞ?」


 自分で自分が笑える。

 もう虚勢さえ張れてねぇ。


 「ブラフゲームって何?」

 「広く言えば心理戦」

 「狭く言ったら?」


 今の俺に、そんなこと訊くなよ。


 「辞書引け。こんな実のない会話は時間の無駄だ。切るぞ」

 「分かった」


 電話終わって、またベッドに寝ころんだ。

 回線が切れたはずのケータイ電話がまだ熱い。

 バカ野郎………

 わけ分かんねぇ…………


 「寿様、お夕食のお支度が調いました」


 鷹槻の声がやけに遠く聞こえる。

 コンコンコン


 「寿様、失礼してよろしいですか?」


 ヤベェ、カギしめてねぇ。

 仕方なく起き上がって、ちょうど今眠りから覚めた風を装った。


 「お休みとは知らず、申し訳ありません。お夕食の準備が」

 「まだいい。俺の分はお前食っとけ」


 あくび混じりに言ったら、鷹槻は神妙な顔を向け、ベッドの近くまで歩いてきた。


 「お体の調子はいかがですか?」

 「肩でも揉んでくれんの?」

 「ご要望があれば」


 まったく、お前はできた執事だよ。

 顔にはシッカリ“何かありましたね?”って書いてあるが、

 俺が何も言わない限り、口には出しもしない。


 「冗談。もう一眠りするから、朝まで起こすなよ」


 「かしこまりました。お夜食を用意しておきますので、
 お好きな時間にお召し上がりください」


 ウザイんだよな、あまりに気が利きすぎるとこも、非の打ち所がないとこも。

 鷹槻は軽く一礼して部屋のドアを静かに閉めた。