「別に? 俺話してぇなんつってないし」


 寿がイライラさせるから私はカバンを持って席を立つ。


 「お前がここに座ってた理由、何となく知ってるぞ」


 いつになく真面目な口調で、寿が鋭く告げた。


 「五十嵐と廊下ですれ違った」


 その隣りには奈々がいたって、何で言わないの?

 気を遣ってるつもり?


 「そういうの、いらない」

 「美希。お前にはマジ感謝してるよ。悪いとも思ってるし」

 「口説くなら他の子にして。私アンタには興味ないから」


 寿の深いため息が視界の外で聞こえた。


 「マジヘコむから、そういう態度とるのやめろよ」

 「そんな演技通用しない」


 本当にうるさい。

 もう黙ってよ!


 「だったら俺じゃなくて、鷹槻に話せ」

 「どうして鷹槻さんが出てくるの?」


 反射っていうか、自然ていうか、意識しないのに首が勝手に寿の方を向いた。


 「俺じゃ役不足なんだろ? 美希にとっちゃ疫病神みてぇだし……俺には鷹槻しか紹介できねぇ」


 イスに座り、私を見上げる寿の表情は真剣そのもので、いつもの軟派な影はそこにない。


 「六時過ぎれば鷹槻いるはずだから、ホテルに電話入れろ。フロントに言っとく」


 悲しみとか怒りとか不安とか、いろんな負の感情がグルグルしてたのに。

 寿の言葉を聞いたら、何だか…………


 「余計なお世話」


 はねつける元気が少しなくなった。


 「俺は面倒見がいいんだよ」


 そう言いながら見せたのは、いつもの軟派な微笑み。


 「送ってやるっつっても、お前は歩いて帰るんだろうな」

 「もちろん」

 「あとでホテルの番号メールするから、メアド変えんなよ」


 からかうような口調で寿が言うから、感謝の言葉なんて言いたくなくなる。


 「不安だったら早めにどうぞ」

 「お~前マジ可愛くねぇ」