「奈々、チャンス!!」

 「行きなよ。今日を逃したらもうないよ?」


 星哉と私に立て続けに言われて、奈々は顔をしかめた。


 「無理~」

 「無理じゃない無理じゃない。途中まで一緒に行ってあげるから」


 って言って奈々を強引に引っ張った。

 私の力が要ったのは、一歩目だけ。

 あとは奈々が自分でゆっくり歩いていた。

 決意は固まってたんだね。 

 私は三歩だけつき合って席に戻った。

 だけど奈々は途中で立ち止まって、拳を固く握って。

 頑張れ奈々!!

 止まってる。

 だんだん頭が下がってくる。

 せっかくのチャンスなのに逃すわけにはいかない。

 私は席を立とうとした。

 刹那、私の手に何かがかぶさる。


 「見てろ」


 星哉の静かな声。

 柔らかく置かれていたはずの星哉の手。

 いつの間にか頬杖を突く手が教室の入り口側の左手に変わってた。

 首を左に傾げて手の甲を後ろ首に当てるみたいな不自然な星哉の格好。

 私の席、一番窓側だから重なったこの手は私たちを上から見下ろさない限り見えない。

 人差し指と親指の間に、ゆっくりゆっくり星哉の指が侵入した。

 それなのに星哉の視線はあくまで奈々の方を向いていて、どうしたらいいのか分からなくてうつむいた。

 にわかに汗をかき始めた私の手に力が入る。

 クスッと星哉が笑う声が聞こえた。

 握りたくてやったんじゃない。

 結果としてそうなっただけだよ。

 でも、心のどこかではそうしたかったんだと思う。

 ドキドキしながら視線だけを動かして星哉を見ると、星哉の瞳はもう私を捉えてた。

 視線が触れた瞬間、口端をスッと引いて柔らかい笑みをつくる。

 ほんの一瞬。

 歯も見せず、何も言わずに見せた大人な微笑みに思考機能が停止。

 星哉……

 うるさいくらいの鼓動が全ての音を掻き消して、頭の中には一瞬で消えた微笑が回ってる。