「明後日、出てくのか?」

 「う~ん、決めてない」

 「出てくんだったら、その前に挨拶くらいしろよな?」


 もしも出て行ったら、今度会うのは結婚式のときになるだろう。

 式当日、主役は忙しくて家族になんかかまってられない。

 結婚したら向こうの生活が待ってる。

 よく考えると、マジでこれが最後なんだよな。


 「なぁにぃ、寂しい?」

 「やっと女連れて来られると思っただけ」

 「別に連れて来たっていいわよ? 可愛がってあげる」

 「サカナ食いたきゃ自分で釣って来い」





 朝っぱらから変な会話をしたせいで、

 車に乗ってきた梨乃を見る目がおかしい―――


 「夢ちゃん今日は学校休みだって」

 「マジか」


 いつも通り俺の隣りに座る梨乃。

 甘ったるいバニラの香りが鼻の粘膜に触れ、誘発的に煩悩を撫でた。


 「鷹槻、今日はこのまま学校だ」

 「承知いたしました」


 車内ホンで伝えると、視線は梨乃に吸い寄せられていく。

 緩やかな梨乃の巻き毛がいたずらに唇に張りついて、離れない。

 薄くて艶やかな薄桃色の唇が季節外れの花びらが舞うように動く。


 「寿くん」


 梨乃は俺の名を紡ぎながら少し上目遣いでこちらを向いた。

 視線が一直線に結ばれて、梨乃はきゅっとその唇に、力を入れる。

 理性鈍磨になった視界の中で、梨乃は目をそらさなかった。


 だから。


 だからその桜の花を、





 俺は自分の唇で拾う。

 花びらだと思ったそれは弾力があり、

 もぎたての果実のごとく水っぽく滑らかだ。

 舌裏に逃げ込んだ空気を潰すと、妙な音が互いの口の中で反響し合う。

 口端から流れる唾液をそのままに舌先を尖らせ、

 押し触るように柔らかい粘膜を刺激する。