音そのものはシャープなくせに包み込むような優しさをもった声音が、

 鷹槻の口から漏れる。

 うつむくのをやめて目の前の二人を見たら、琴音の声を聞き取ろうと、

 鷹槻は身体を少し傾けていた。


 「いいえ」


 鷹槻の身体が元の位置に戻ると琴音がうつむき加減のまま、鷹槻から離れる。


 「洗面所までお連れ致しましょうか?」


 しおらしく琴音はゆっくりと首を振り、一人で立ち上がると

 リビングからいなくなった。


 「鷹槻……気づいてたのか?」

 「目的語をおっしゃってください」

 「琴音の精神状態」

 「そんなに鋭い洞察力はございません」


 謙虚な物言いは俺への気遣いだ。

 鷹槻が気づいていて俺がそうじゃないとしたら、

 俺は鈍感な男ということになる。

 多分俺がそんなこと考えつくのも分かってて、

 あんな返答をしたんだろう。

 その上、洞察力がないという自分の主張を証明するために、

 目的語が何だか問うたんだと俺は思う。



 最初から何もかも知ってたことを、隠すために。

 こいつの洞察眼は相当だ。



 「けれど、マリッジブルーという言葉がありますから、
 身も心も不安定になっていらっしゃるのかもしれませんね」


 ほらみろ、鷹槻は全てを分かってた。

 鷹槻の前だと自分がたまにもの凄く非力に思えてくる。

 俺なんかより、こいつのが俺のポジションに相応しいんじゃないか

 とさえ思うほどだ。


 「俺どうすりゃいいんだよ……」

 「寿様は何か悩みごとでもおありなのですか?」

 「え? いや、琴音のことで…………」

 「そうですか」


 いつも通りの表情をしているが、鷹槻はあきらかに会話を外した。