わたり廊下を通って違う建物に入って、予備室のドアを開けるまで、

 星哉も私も無言だった。


 「金曜さぁ、新山と別れたあと、どこにいた?」

 「きっ金曜……? 学校に忘れものして」

 「何を?」

 「すっ数学の、教科書」

 「何で?」

 「ヤダなぁ、勉強するためだよ。高三だし、そろそろ受験対策しようと思って」

 「新山と帰ってるとき、電話あったらしいじゃん。誰から?」

 「えっと……先生。数学の」


 苦しすぎる、このウソ。

 星哉は私から目をそらし、床をにらみながらため息を吐いた。





 「彩並だろ」

 「違う!」

 「土曜に新山と会って話した。彩並に、好きな女がいるから
 別れようって言われたって泣いてたぞ」

 「えぇっ!!」


 何でそんなこと言っちゃうの、あいつは!!


 「相手はお前だろう?」

 「違うよ! 絶対違う。寿には唯夏さんていう小さい頃から好きだった人がいるの」

 「何で岡崎がそんなこと知ってるんだ? 新山が知らないのに」

 「そっそれは……」

 「唯夏なんていねぇ。数学の教科書もウソ。金曜、彩並に会ってたんだろ?」

 「唯夏さんは実在し」

 「もういいからさ」


 呆れたような口調で、星哉が言った。



 「岡崎最低だよ? 友だちの彼氏盗るわ、二股かけるわ」

 「盗ってない! 私が好きなのは」

 「ウソはもうウンザリだ。別れよう」

 「星哉! 待って星哉!!」

 出て行っちゃおうとする星哉の腕をつかんだけど、それは邪険に振り払われた。




 十年近く、私は星哉の背中を追ってきた。

 やっと振り向いてくれたのに、星哉はまた、私に背中を見せる。




 「お願い行かないで。話し聞いてよ」


 また私は星哉の腕をつかむ。