「デザインのお勉強は、楽しいですか?」

 「え……うん」


 冷たい唯夏の手から自分の手を邪険にならないように抜き取った。


 「僕には分かりませんよ。そんなことに楽しさを感じるなんて」


 デザイナーになりたいからパリへ行く。

 たったそれだけ言い残して、ある日突然、神野唯夏は俺の前から姿を消した。

 連絡も一切取れず、音信不通になって、俺の日常は一気に変わった。


 「神野様にとっては、大切な時間なんでしょうね、何をするより……誰といるより」


 パリに行けば逢えるかも知れないなんて、今となっちゃお笑いだ。

 でも三年前、十七のときの俺は本気でそう思って、一も二もなくフランスに飛んだ。

 空港からカーティス・カンパニーの本社ビルに出向いたが、

 門前払いを食らい、何度目かに訪れたとき、捕獲されそうになった。
 
 本名名乗って乗り込んだから、ジジイや親父に報告がいったらしい。

 俺は唯夏と会ってないのに帰国するわけにはいかないから、自力で捜すことにした。

 行きつけのカフェとかレストランとかあるほど何度も訪れた街だったのに、

 一人で歩いたパリは広かった。

 広くて、広くて、何も分かんなかった。

 まるで知らない場所みてぇに広くて、どこ行っても誰にも出会わなくて、

 本当に俺は一人だった。


 「ごめんねっ……」

 「何のことですか?」

 「……急に唯が」

 「驚いた。悪いことだという自覚はあったんですね」

 「ジュンちゃんあのね」

 「もう時間がありません。どうかお元気で」


 電話一本……メール一通で良かった。




 何で音信不通だったんだよ?

 どんだけ心配したと思う?




 俺がどんだけお前のこと………