「カンパニーの駒としての俺じゃなくて、一人の人間としての
 俺の一生を考えたとき、パリの女は俺を幸せにしてくれんのか?」


 男だから女を幸せにするとか、

 そんなん時代遅れな上に、会社の理念にさえ反してる。

 ジジイの忠犬鷹槻が、難しい顔をしたまま言い返せなかった。


 「お前は会社に雇われてんのか? 彩並家の専属だったんじゃねぇのかよ」

 「そうですね……わたくしは自分の仕事に執心するあまり、
 大切なことを忘れておりました。申し訳ありません」

 「な? だから自由にしてくれよ」

 「それはできません」


 んだとコラァ!!

 と怒鳴りたくても、怒鳴っちゃいけない。


 「頼む。今日だけは……そしたら、もう俺ジジイにもお前にも逆らわねぇよ」

 「何故ですか? どうしてそこまで」

 「パリ、だからだよ鷹槻」


 あの街が、俺にとってどんな場所か知らねぇわけじゃないだろう?

 多分、鷹槻の脳裏にも俺の過去がよみがえってるはずだ。

 しかし鷹槻心貢は目をそらすことなく、俺をじっと見つめてる。

 だがそれはいつもの人をからかうような目つきでも、

 威圧して従わせようとする厳しいまなざしでもな
い。

 でもそこにあるのは 行きたくないというのなら、自分の屍を越えて行け!

 とでも言いそうな固い意志。


 「こうなったら、あれしかねぇ。岡崎美希を迎えに行け」

 「岡崎様とはお友だちになられたのでは?」

 「そう見えるだけだ。俺は美希のこと、本気だからな。
 ジジイにもそれは伝えた」


 鷹槻は厳しいまなざしで俺を射抜くように見つめている。


 「お迎えに上がっても、いらっしゃらないかもしれませんよ」

 「だったら行かねぇよ」


 だけど、俺だってひかねぇ。


 「過去を封じ込めるのではなく、清算されてはいかがですか?」


 鷹槻は、静かにそう告げた。




 喧嘩売ってんのか鷹槻!




 そう思ったけど怒りは湧いてこなくて、顔に浮かんだのは自嘲気味な冷笑。