次の日から、私はよく仮病を患うようになった。

 怠そうな演技ならもうプロ並み。

 “綺麗”とか“可愛い”なんて言葉、無縁だって知ってたけど、

 ズバッて他人に事実を突きつけられると、ショックだった。

 ピエロみたいな私でも、もの凄く、ショックだった。





 突然、耳たぶに生暖かい空気がかかる。




 記憶の中の感覚なんかじゃない。


 「そこの板、鳴るよ」


 職員用玄関で靴を脱ごうとした私の耳元で星哉が囁いた。

 ノー天気な心臓はドキドキしてるよ。

 だけど理性が甘い妄想を裂き割って、私を中学生に引き戻す。


 「よく知ってるね」

 「ここの掃除してたから」


 そう言いながら柔らかく笑う星哉も、四年前に戻ってるの?

 激しく鼓動してるのは今なのに、星哉がくれた熱は追憶に褪めていく。

 すべてを失いたくなくて、空気の冷たさを握りしめながらリノリウムの廊下に足を下ろした。

 職員室の窓から漏れる光は遥か向こう。

 星哉は明かりの方に背を向けて待っている。

 私は足早に歩いて星哉の隣りを目指す。




 ガラッ




 背後でスライド式ドアの開く音。

 ヤバイッ、先生出て来るっ!!

 反射的に走って逃げようとした私。

 唐突に横に引っ張られ、ゾクッとした瞬間、悲鳴が漏れそうになる。


 「ウ……」


 口を押さえられた。

 背中は暖かくて弾力のある何かに包まれている。

 な? え……?

 不意に耳が吐息を感じる。

 身体中に力が入ったら、胸の前を通る星哉の左腕に力がこもった。


 「静かにしてれば大丈夫だから」


 ぼわっ、ぼわって、耳の中に直接星哉の吐息が入ってくる。

 吐息に乗った小さな音は私の心臓にまで届いて全身を振るわせた。

 星哉の手が唇から離れたのに、口にまだ感覚が残ってる。