世の中、変わった人もいるものだ、と百合は思うのだった。

 十人十色とよく言うし、この国に人は溢れるほどいる。

熱い番茶を丸呑みに出来る者がいたって不自然ではない。

 百合は盆に乗せた湯飲みを片付ける。

ちろりと垣間見てみた。

 男は茶を飲んでからは、茶屋の屋根を、瞬きさえせずに直視している。

きっと、屋根ではなく空を見ているのだろう。

しかし男の眉根は、引き絞られた弓のように額に寄せられている。

趣や風情に浸って、空を眺めている様子ではない。

その顔つきは、あまりにも喧嘩腰で強かであった。


「空に、なにか見えますか?」


 百合はつい訊いてしまった。

 腰を掛けた男は、ふんっ、と馬鹿馬鹿しそうにあしらった。


「段田の野郎と一緒にするない。
俺あ、そんなもんに恍惚とする奴じゃないぜ」


 言われずとも、彼はいかにも自然だとか風景だとかに面白味を感じなさそうな男だ。

百合は慮外な答えを返されて、ただちに訂正した。


「そうではなくて」

「なんでい」

「先ほどからずっと、空を睨み付けていましたから」

「睨んでなんざ、いねえぜ」


 否として男はまた、茶屋の屋根をひと睨みした。


「丸々と太った、ちっこい鳥がいるからよ。
生きたまま齧ったら美味そうだと思っただけさ」


 男の口から、突出した犬歯の先端が、阿漕にぎらついた。

生きた小鳥を喰らいたがる、獰猛な獣。

そんなふうに捉えることができて、百合は、狐狗狸の化生に化かされているのではないかと、いささか不安になった。

 不安になったが、まさか、と立ち直る。

長閑な陽が照るこの時刻、死魂も出てこなければ犬や猫どももお昼寝の真っ最中である。