「どうぞ」


 微笑んだ百合の美貌には目もくれず、食えるのか、とばかりに男は鼻をひくつかせた。

そしておそるおそるに湯飲みを持つ。


「段田の野郎が淹れる茶よりも、ずっといいや」


 匂いだけで判断したのか、男は厳めしい表情を僅かに和らげた。


「それはよかった」


 百合は腹の底から安心して息をついた。

 少なくとも、この男は江戸の者ではなさそうである。

どうしてここに居るの、どこからきたの、と詮索してみたくもなった。

だが百合はあえて聞かないでおく。

見ず知らずの客の事を、あれこれ詮索するのは野暮だ。

 しかし、男のあの悲壮な様子からして、なにか気の毒な事があったのだとは解る。

 男はそのまま、これでもかと開かれた口に、番茶を放りこんだ。

獲物を捕食する時の、蛙のようであった。

茶を呑みこむ刹那の男の容貌は、ひどく人間離れしているように見えた。


「ちょ」


 百合は慌てて、右手から落ちそうになった盆を抱える。

 この男、とんでもない事をする。

 あの番茶は淹れたてだった。

冷めてもいない番茶を一滴残らずひと呑みにしてしまっては、喉に火傷を負うのは確実だ。

 確実、のはずだったが、


「……どうした、俺の顔に虫でも付いてるかよ」


 男は咳きこみもしない。

それどころか、ぬるま湯でも飲んだかのように恬としている。


「いえ……」


 ぎょっとしていた百合は我に返り、とりあえず湯飲みを下げる。

 妹の菊もよく熱々の湯漬けを一気食いするが、ときたまむせたりする。

しかしこの男はむせるどころか、熱がりさえしないのだ。


 男はどこをどう見ても人だが、なんだか、人間らしさというものが欠けている。