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 百合は微笑んではいたものの、内心は困り果て客の後ろに立っていた。

 この客の男、女のような髪型を無視すれば、なかなかの男前である。

が、この男は茶屋に来て腰をかけるなり、ずっとうつむいて茶も飲まず暗鬱な雰囲気を発するばかりであった。

路頭にでも迷ったのか。

それとも根暗な性格なのか。

 どちらにしても、男前が台無しである。


「ねえ、かむろのお兄さん。
せっかく茶屋にきたなら、番茶でも一杯、飲んでいきやしませんか」


 明るく語りかけてみるが、男は鋭敏な眼で百合を睨んでまた顔を伏せた。


「なんでい、その番茶ってのは。
食えるのかよ」

 舌打ちせんばかりに男が言った。

 番茶も知らぬとは、もしや田舎から出てきたばかりなのか。

そう思いつつ、百合は律儀に説明した。


「お茶の事ですよ」

「ふうん」 


 男は懐から襤褸の巾着を取った。

そして巾着に入っていた銭を掌に乗せた。


「これだけで買えるのか?そりゃあ」

「ええ……」


 番茶知らぬだけでなく、銭の勘定もできぬらしい。

銭の勘定など、山奥から出てきた田舎者にだってできる。

男はぱっと見て齢二十ばかりだったが、百合は失礼と感じながらも男の齢を疑いたくなった。

 男が出した銭は、番茶を買うには足りている。

余った釣りを返し、百合は何度か訝しげに男のほうを振り返りながら、茶屋の奥へ入って行った。

そしてほわほわと湯気を立てる番茶を持ってきて、男の傍にそっと置いてやる。